第52話 機転

(これは! ロボットアニメ恒例のあの﹅﹅シチュエーション!)


「うん!」



 内心テンション爆上がりしながら、アキラはカイルの操縦するメカ 〔フーリガン〕 の右手に乗った。全高20メートルの巨人の手のひらには、人が立てるだけのスペースがある。



『掴まって!』



 フーリガンの左手が壁になるよう右手にそえられて、アキラはそこにしがみついた。こうしないと振りおとされかねないという心配からだろう──アキラの視点が浮きあがっていく。



(うわぁ……!)



 こんなこと、この大きさの人型ロボットが存在する世界でないとありえない。現実で実用化されている唯一の有人操縦式人型ロボットSVスレイヴィークルは全高5メートル弱なのでこれ﹅﹅はできない。


 ロボットオタク憧れの状況にアキラは興奮した。


 現実なら怖くてそんな余裕は持てないかもだが。


 フーリガンはアキラを乗せた右手を水平に保ったまま、片膝立ちしている自身の腹の前まで移動させた。するとアキラの眼前でガチャッと音がして、フーリガンの乗降口ハッチが上下に開く。


 四角く開いた穴の向こうに、いつのまにか地球連合軍の軍服から宇宙服のパイロットスーツに着替えた父の姿──そこが、フーリガンの操縦室コクピット



「乗って!」


「うんっ!」



 アキラは下側のハッチが倒れて水平になってできた足場に飛びうつった。そして開口部をくぐり、隙間を塞いでいる邪魔くさい箱型コンソールパネルをよけて父の横に立つと、ハッチが閉じた。


 フーリガンのコクピットの中は意外と広い。


 一辺2メートルの立方体の部屋。その前後左右上下6面の全てが外の景色を映している、全周囲モニター。視点はこの場所がある機体腹部より高く、頭部を基準にしている。頭部にあるカメラが撮影している映像(という設定)だからだ。


 下面──床の中央に、父が座る操縦席。


 シートの肘掛けアームレスト操縦桿スティックが、足置台フットレスト足踏桿ペダルがあるのは、現実で生身の父が(そして自分も母も)使用中のVRコントローラー 〔ウィズリム〕 と同じだが、デザインは異なる。


 ウィズリムにはないコンソールパネルがシートの前方にあるところも含めて、アキラも見たこの機体の出典 〔こうせんフーリガン〕 での描写どおり。



「出すよ!」


「うわっ!」



 フーリガンが跳躍、背負ったバックパックと足裏にある推進器スラスターから火を噴いて、またバックパックの左右についた飛行機のもののような翼を広げて、飛行を始めた。


 アキラは操縦席でシートベルトを締めている父と違って固定されていない自分の体は揺さぶられると思ったが、なんともない。そこまでリアルに再現されてはいないようだ。


 これで一息ついただろう。


 アキラは疑問を口にした。



「ところで、どうしてボクはメカを召喚しちゃダメなの?」


「岸辺を見てごらん」


「え──げっ!」



 海上に浮かぶこの人工島 〔オノゴロ〕 は大部分が空港の飛行場で、その中心に軌道エレベーター 〔アメノミハシラ〕 のケーブルが降りたつターミナルがある。


 その島のはしであり飛行場のはしである岸辺には、サイズは大小さまざまな無数の日蜥蜴ソルマンダーが海中から上陸してきていた。


 そして、ターミナルの方向から多種多様な巨大人型ロボットたちが、その群れに向かっていく。このオノゴロにいた、自分たち以外のPCプレイヤーキャラクターが乗っているメカだ。彼らのように──



「ボクも戦いたい!」


「アキラはまだこっちの傭兵ギルドに本拠ホームを移してないだろ?」


「へっ?」


「やられて死に戻りすると世界樹の樹上都市に帰ることになるけど、そこからまたここまで来るの面倒じゃない?」


「面倒です‼」



 アキラの闘志は霧散した。これが現実なら 〔そんな理由で戦いに背を向けるなんて〕 というところだが、現実ならそもそも 〔死に戻り〕 なんて現象はない。


 これはゲーム。


 地下世界インナーワールドの世界樹・第5宮ゲブラーの樹上都市から有翼馬車に乗って飛んで、降りた所から巨大栗鼠ラタトスクに乗って世界樹の頂点まで駆けのぼり、そこから転送陣を使ってこの地上世界アウターワールドまで転移する。


 時短モードを使えば大した時間はかからないが、手間はかかる。あれを始めからやりなおすリスクを冒してまで戦う気にはならない。


 両親はそこまで考えてくれていたのだ。


 初めの日蜥蜴ソルマンダーに撃たれるまでの一瞬で。



「傭兵ギルドは岸辺の一角にあるけど、すいおうまるの足だと遠いから。フーリガンで飛んでったほうが早くて安全、ってね」


「そうだね、ありがとう!」



 アキラのメカ・すいおうまるは飛べないし、足裏に車輪などもついていないので移動方法は徒歩に限られる。全高5メートル弱とメカとしては小型な機体の駆け足は、決して速くない。


 もしアキラがすいおうまるを召喚していたら、傭兵ギルドまで走っていくことになっただろうが、そのあいだ襲ってくる日蜥蜴ソルマンダーらをかわしながらとなると、まず無理だ。



「あの倉庫群だよ!」


「もう、ついたんだ」



 両親の判断はまさに的確だった。空を飛べば傭兵ギルドまであっというまだった。そこには大きな倉庫がいくつも並んでいる。傭兵の所有するメカ用の格納庫なのだろう。



 ビーッ


「おっと‼」

「うわっ⁉」



 コクピットに警告音が響いた瞬間、父がフーリガンの両足を前に出し、足裏からの噴射でブレーキをかけた。直後、目の前を横一文字に光線が通過する──日蜥蜴ソルマンダー激光吐息レーザーブレス


 撃ってきたのは初めに現れて滞空していた、母がVCヴァリアブルクラフトアドニスで向かっていった対象とは別の個体だった。気づけば空にも飛行型の日蜥蜴ソルマンダーが何体も現れている。


 母のアドニスを含めて空を飛べるメカたちが戦ってくれているが、それでも1体がフーリガンに目をつけたか。あいつを倒さないと安全に降りられそうにない。



「それじゃ、倒しますか!」


「お父さん、がんばって!」


「ああ‼」



 フーリガンが日蜥蜴ソルマンダーに向かって飛翔する。そいつは口を開いて──カッ! 再び激光吐息レーザーブレスを吐いてくるが、今度はフーリガンが左の前腕から展開した光の盾 〔ビームシールド〕 に阻まれる!


 そして一気に距離を詰めたフーリガンは、その右手で──武器は取らずに拳を握り、日蜥蜴ソルマンダーの顔面へと叩きつける!



(あれっ?)


 ボカッ‼

 ギャッ‼


「とどめ‼」


 バババッ‼



 厳つい機械の拳に殴られた日蜥蜴ソルマンダーが悲鳴を上げ、空中で姿勢を崩したところへ、すかさず父がフーリガンの頭部機関砲を発射。蜂の巣になった日蜥蜴ソルマンダーはHPバーが0まで減って、消滅した。

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