第51話 蜥蜴

 ドゴォッ‼


「「「⁉」」」



 両親と3人でオープンテラスのカフェの席を立とうとした時、唐突に轟音が響いた。アキラが音のしたほうを向くと──


 飛行機が火を吹いている。


 まだ空中にある旅客機らしき大型機が、炎と煙を噴きあげながら不自然な姿勢で降下している──そう認識した次の瞬間には、滑走路に墜落した。



 ボグァッ‼



 ひしゃげながら爆発して。


 いっそう激しく炎上する。


 墜落地点はこのカフェのある高台のすそに広がる飛行場の滑走路。こちらに被害が及ばない程度には離れているが、あと少し降下角度がズレていたら、ここに突っこんでいた可能性も。



「事故⁉」



 そう叫びながらもアキラは内心 〔そんなバカな〕 と思っていた。ここはゲームの中。現実では不運から事故が起こりえるが、ここでそんなことはありえないはずだ。では、なぜ? 別の答えを父が口にした。



「いや、敵襲だ!」


「でも、人里で?」



 このゲームクロスロード・メカヴァース内では村や町などの人里──〔集落〕 では戦闘は起こらない。そこが舞台となる任務ミッションを受けていない限り。


 それがアキラの認識だった。


 PCプレイヤーキャラクターに襲いかかってきて戦闘になる敵兵、盗賊、モンスターなど 〔敵対的NPC〕 または 〔エネミー〕 と呼ばれる存在は、集落の中に入ってこれないはずでは。


 父の答えは──



「それが、絶対安全なのってスタート地点だけなんだ」


「そ、そうだったの⁉」



 このゲームを始める際、プレイヤーの選んだ初期機体がファンタジー系なら地下世界インナーワールドの 〔始まりの町〕 から、SF系ならこの地上世界アウターワールドの──アキラは場所を知らない──どこかから、冒険は始まる。


 これら 〔スタート地点〕 の集落だけが 〔決してエネミーが侵入しない絶対安全地帯〕 だったのか。


 アキラは 〔始まりの町〕 を出てから2週間ほど世界樹・第5宮ゲブラーの樹上都市を本拠ホームにしていたが、そこにエネミーが侵入したことはなかったので気づかなかった。



 ウィーン!

 ウィーン!



 耳障りな警報が辺りに響く。この巨大人工浮島メガフロート 〔オノゴロ〕──軌道エレベーター 〔アメノミハシラ〕 の海上ターミナルの監理者が、ここにいる全員に敵襲を報せている。



「で、どこが襲ってきたの⁉」


「あいつよ! あそこ見て‼」



 アキラは今しがた父の話に出てきた、この地を所有する地球連合と敵対しているイカロス王国の軍隊と予想したが──母が指差した先にいたのは全く別の脅威だった。



日蜥蜴ソルマンダー!」



 飛行場のはしから向こうの海、その上空に、オレンジ色の竜が滞空していた。蜥蜴トカゲに似た体躯ながら、蜥蜴トカゲにはない背中に生えた蝙蝠コウモリのものに似た翼を羽ばたかせて。


 りゅう──ドラゴン。


 ぱっと見、そう思える。だが地下世界インナーワールドで見た魔龍シーバンとは、シルエットは似ているが皮膚の作りが決定的に違う。


 シーバンら 〔どうたいりくドラゴナイト〕 に登場するドラゴンの体表は、実在する蜥蜴と同じような、ひと目で爬虫類と分かるものだった。他の多くのファンタジー作品に登場する竜と同じく。


 だが、アレ﹅﹅は違う。


 全身がツルツルとして光沢を放つさまは、むしろ両生類のようだが、両生類とも思えない。


 目鼻口、顔面のパーツの配置がおかしい。関節もどこかいびつだ。まるで地球で進化した生物ではないような──という印象そのままに、事実それは地球外生命体だった。


 SFロボットアニメ 〔ちょうきゅうようさいコスモス〕 において主人公たち地球人類が戦う敵、外宇宙からの侵略者、宇宙でも空気中でも水中でも生存可能な生命体──宇宙怪獣。



 蜥蜴トカゲ──ソルマンダー。



 それが、意思疎通できない彼らに人類がつけた呼称。


 西洋の地水火風の四大元素説において火を司る精霊とされる 〔蜥蜴トカゲ=サラマンダー〕 をもじったもので、この場合 〔日〕 とは太陽に限らず恒星全般を意味する。


 火蜥蜴サラマンダーが火の中でも生存できるという伝説のように、灼熱の恒星表面にもぐることができ、また恒星から放たれるプラズマを吸収して自らのエネルギーとできることから、そう名づけられた。


 が、それ以上に。


 〔ドラゴン〕 と呼ばないよう意図的におとしめた表現でもある。竜は、それを神聖なものと見なす東洋人のみならず、邪悪なものと見なす西洋人に対しても、多少の畏敬の念は抱かせてしまうから。


 そんな、わずかな敬意をいだくことも許せないという、この宇宙怪獣によって滅亡のふちへ追いやられた人類の怨念が、日蜥蜴ソルマンダーという名には込められている。



 カッ!


「あ──」



 日蜥蜴ソルマンダーの口が光ったのを見て、アキラは自分が呆けていたことに気づいた。安全地帯と思っていた場所でエネミーに襲われた事態に頭がついていっていなかった──やられる!



「「緊急発進スクランブル‼」」



 が、両親は呆けていなかった。息子をかばうよう前に出た父・せいのアバター 〔カイル〕 と、母・どりのアバター 〔エメロード〕 が右手を天に突きあげ叫んだ。



 バァン‼



 日蜥蜴ソルマンダーの口から放たれた激光吐息レーザーブレスが2人の体に直撃して弾けとんだ。両親は自らのメカを呼び、それに搭乗するまでの無敵時間を利用してレーザーを防いだのだ。おかげでその後ろにいたアキラも無事だった。



 キィン!



 青空の彼方で光った星が、みるみる接近してきて2体の巨大人型ロボットの姿を現し、2人の前に着陸した。


 片方はカイルの機体、全高20メートルのフーリガン──〔こうせんフーリガン〕 に登場する 〔MWモバイルウォーリア〕 の1つ。


 もう片方はエメロードの機体、全高20メートルのアドニス──〔超弩級要塞コスモス〕 で日蜥蜴ソルマンダーと戦うために開発された、飛行機に変形可能な 〔VCヴァリアブルクラフト〕 の1つ。


 どちらもSF系のメカ。


 そのためパイロットのもとに呼びだす方法も、ファンタジー系であるアキラのすいおうまるのように 〔不思議な力で召喚〕 とはならず 〔近くの格納庫から自動操縦オートパイロットで飛んできた〕 という演出になる。



「っ、ボクも翠王丸すいおうまるを──」


「タンマ! アキラは召喚しないで!」


「あなた、アキラをお願い!」


「任された‼」


「え、ええ⁉」



 アキラは遅ればせながらメカを召喚しようとしたが父に制止された。両親は自分たちだけ分かりあった様子で自らの愛機に乗りこんでいく。アキラは不可解ながらも言われたとおりにした。



 ガシャン──ボゥッ‼



 母のアドニスが飛行機──戦闘機の姿に変形して日蜥蜴ソルマンダーに向かっていった。そして父のフーリガンはその巨大な右手を、手のひらを上にしてアキラの眼前の地面に置いた。



『さ、乗って!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る