第122話 自衛

「いえ、そんな」


「自分のことは気にしないでくれ」


「あたしのことも~☆」



 ミーシャから謝罪を受けたセイネ、クライム、サラサラリィが三者三様に返事し、今ミーシャと主に話しているセイネがさらに続けた。



「どうか、お顔を上げてください」



 そう言われ、ミーシャが下げていた頭を上げる。


 上がりきったら、セイネはその話﹅﹅﹅を切りだした。



「ネット上でブロック機能を行使するのはユーザーの権利です。ミーシャさんがわたしをブロックされたことを責める道理なんてありません。その原因を作ったわたしこそ、お詫びしないと」


「セイネさん……本当に、お優しいのですね」


「いえ、そんな。ただ、もしよろしければ理由を教えていただけないでしょうか。考えたのですが、わたしには分からなくて……かえってご不快にさせてしまうかもしれませんが、こうして直接お聞きするしかないんです」



 セイネの綱渡りを、横で聞いているアキラは感じた。


 相手を怒らせたことは分かっていても、その理由が分からないままに謝罪すると、火に油を注ぎかねない。


 だが、人を怒らせておいて理由を自覚していないことも相手には不愉快なことなので、分からないからと本人に聞いてしまうのもリスクが高い。


 セイネはそれを選んだ。


 IQ150のセイネの頭脳でもそれ以上どうしようもないと判断したのだろうか。ある程度の不興は覚悟の上で理由を聞きだし、その上で改めて謝罪する気だろう。


 こういう状況で確実に上手くいく万能薬のような答えはない。相手と状況による。セイネの選んだ答えは、この場においての正解だったのだろうか──



「なにか、誤解なさっているようですわね」


(!)


「わたくしがセイネさんをブロックしていたのは、怒ったからでも嫌ったからでもありません。セイネさんには全く落ち度のないことです。どうか謝罪などなさらないでください」


「そうなのですか?」


(し、心臓に悪い……!)



 初めの返答で不正解だったのかと慌てたが、どうやらそういうわけでもなかったらしい。ただ、それなら本当の理由はなんなんだという疑問は残る。


 それを、ミーシャは語りはじめた。



「ブロックしたのは、わたくしの心の平穏を保つためです。動画配信、SNS上での発言、あなたの一挙手一投足がわたくしには苦痛だから、目に入らないようにしました。それはあなたを嫌ってではありません。むしろ逆です」


「逆……?」


「セイネさんはわたくしが最も好きなXtuberクロスチューバーです。その表現の面白さも、エンターテインメントへの真摯な姿勢も、優しく誠実なお人柄も、全て尊敬しております」


「あっ、ありがとうございます!」


「そして、その気持ちの強さだけ。わたくしは同業者としてあなたに嫉妬してもいます。あなたのすごさを見るほどに己の不足を痛感し、劣等感にさいなまれ、決して敵わないと絶望し……わたくしの心はどこまでも暗く荒んでいくのです」



 セイネの登録者数は500万。


 ミーシャの登録者数は100万。


 その数字だけ見ても5倍の開きがある。


 オルオルジフはそれでミーシャがセイネをやっかんだことが同好会から研究会への挑戦に繋がったと考えていた。


 それは今のミーシャの話を聞くと正しくはないようだが、劣等感が絡んでいるという部分は合っていたらしい。


 自分より優れた者への複雑な想い。


 アキラはミーシャに共感を覚えた。



「いつしかセイネさんを見ていて楽しいと感じるより、苦しいと感じる割合のほうが多くなっていると気づき、わたくしは自身の精神衛生を守るためセイネさんから距離を置くことにしました。そういうブロックの仕方もあるんですよ」


「ミーシャさん……」



 場に重い空気がたちこめた。


 それを払おうとしたものか。


 サラが明るい声でたずねた。



「でもミーちゃん、他のチューバーさんはブロックしてないよね? ネットで流れてるバニーちゃんとの不仲説って、ブロックしてるのが原因でしょ? 他の人とはそんな話、聞かないもん」



 バニーちゃん、とはセイネのことか。



「ええ。セイネさん以外にもわたくしより評価の高いクロスチューバーは大勢いらっしゃいますし、その方々には嫉妬していないというわけでもありませんが。わたくしが心の均衡を崩すほどに意識しているのはセイネさんだけということですわ」


「つまりバニーちゃんのことがチョー好き! 推しが好きすぎてしんどい! ってことだよね?」


「ふふっ……平たく言うと、そういうことですね」


「わたしにも……覚えがあります」



 ミーシャが笑って場が和んだところに、セイネが控えめに声を上げた。ミーシャが意外そうに聞きかえす。



「セイネさんも?」


「ええ。わたしにも、似たような経験が……あ、わたしの場合はその人のこと好きとか全然ないんですけど! 覚えがあるのは劣等感のほうでして!」


(分かってるって)



 セイネが慌てて加えた言葉は、ミーシャではなく自分に向けたものだとアキラは察した。セイネに劣等感を植えつけた相手とはIQがセイネの倍の300ある駒切こまきり まきのことのはずだから。


 セイネのプレイヤー、アキラと同級生の小学4年生男子であるびき あみひこが蒔絵に向ける感情が、ミーシャがセイネに向けたものと同じと思われては困ると考えたのだろう。自分が蒔絵と相思相愛なのも網彦は知っているので。


 ミーシャからは言いわけのようなセイネの発言が誰に向けたものか分からなかったろう。スルーしたらしく、そこにはふれずに返した。



「セイネさんにそこまで思わせるなんて」


「あはは……」


「なんと恐ろしい。世の中は広いのですね」



 ミーシャの中で名前も知らない蒔絵のイメージが大変なことになっているようだ。アキラは蒔絵が褒められて嬉しいような、あまり怖がらないでほしいような、複雑な気分になった。



「ありがとうございます、話してくださって」


「いえ、大したことでは」


「でも、進んで人に話したいことでもないでしょう。他ならぬセイネさんにそれを話していただけたから、わたくしもこの苦しみは自分だけのものではないと、少し気が楽になりました」


「それはなによりです」


「はい。わたくしとしても、セイネさんと会うことになって緊張していたのですが、これで落ちついてお話できそうです──それでは、本題に入りましょうか」

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