第123話 加減

「和解をお望みと、うかがっておりますが」


「はい」


「それは、わたくしども空中騎馬戦同好会からの決闘の要請を、あなたがた空中格闘研究会はお断りしたいと、そういう意味でしょうか?」


「いいえ、決闘はお受けします。双方の争いを、会員同士の感情を治めるためには、互いの不満のエネルギーを闘って発散させる必要があると考えるからです」


「雨降って地固まる、と申しますものね」



 ミーシャからの問いにセイネは穏やかに、だがハッキリと答えていく。向かいあって話す2人を、アキラはクライムとサラサラリィと3人で横から固唾を飲んで見守った。


 今のところ、ミーシャは友好的だ。


 どうかこのまま──



「ですが決闘するだけで済むなら、セイネさんがわたくしと話す必要もないはず。なにか、こちら側の協力が必要な仕込みを相談しにいらっしゃった……それは、 ちょうですね?」


「ご明察です」


(頭いいな、この人……!)



 アキラはゾッとした。ミーシャは話のさわりを聞いただけでセイネの意図を読みとってみせた。自分が彼女の立場だったら絶対に無理だ。


 今さっき、同じXtuberクロスチューバーとしてセイネより能力が劣ることを気に病んでいると語ったミーシャだが、アキラから見れば彼女もとんでもなく優秀だった。


 それはそうか。


 彼女は登録者100万人の動画配信者。500万のセイネには及ばなくとも、それだって並大抵のことではない。すごい人同士の話に同席しているんだなと、アキラは今さら実感した。



「内容はいかように?」


「接戦の末、引き分けと」


「では、お受けいたします」



 アキラは耳を疑った。あれこれと交渉することもなく、もう承諾が得られたのか。さすがにセイネも意外そうな声を上げた。



「よろしいのですか?」


「わたくしどもに負けてくれというのでなければ、お受けいたしますわ。わたくしを説得する段階でお時間を取らせてしまうのは心苦しいですもの。これからのほうが大変なのですから」


「そのとおりです。ありがとうございます」


「えっと、どういうこと?」



 アキラはつい口を挟んだ。2人とも相手の考えが読めるようで、言葉にしていない部分まで理解しあい、さっさと話を進めるので、はたから聞いていると言葉が少なすぎてついていけない。



「……」



 ミーシャからは返事がない。アキラはこの人から〔もう口を利かない〕と言われていて、それはまだ続いているらしい。


 だがセイネのほうが答えてくれた。



「わたしの計画は、熱く互角の闘いをしたことで互いを認めあった双方の選手が手を取りあう感動展開で、その空気を研究会と同好会の他の会員たちに伝染させようってことでしょ?」


「それは分かってるけど」


「そのためのお芝居が一番大変ってことなのよ」


「まぁ、八百長ってバレたら感動してもらえないよね……えーっと、じゃあ決闘の日時までお芝居の練習しないとってこと?」


「違います」



 そう言ったのはミーシャだった。こちらの理解の遅さに痺れを切らしたのか。なんにせよ、また口を利いてもらえてアキラは少し嬉しかった。愛想笑いを浮かべて(アバターの表情には反映されないが)ミーシャに頼む。



「分かりやすく説明していただけると~」


「演技力を求められるとしたら、闘いが終わったあとで互いを称えあう部分です。そこは多くの言葉を交わす必要もなく、そう難しくないでしょう。問題は互角の闘いを演じる部分です」


「そこでは演技力は求められない?」


「演技などできないのです。わたくしたち同好会はこれまでに会員同士の模擬戦を何度も行って、会員たちは互いの実力を熟知しています。手を抜けば確実に露見します」


「げっ」


「ですので同好会側は八百長のことを知らない他の会員はもちろん、知っている者──ここにいる、わたくしとクライムさんとサラリィさんが闘う場合でも手加減などできません」


「えぇ……」



 それは、ほとんど 〔八百長はしない〕 と言っているのと変わらないのではないか。しかし下手なことを言ってまた機嫌を損ねたくないので、アキラはその言葉は呑みこんだ。



「じゃあ、どうするんです?」


「互角ではない者同士が互角の闘いをするには、強いほうが弱いほうに合わせて手加減するしかありません。同好会こちらが手加減できない以上、研究会そちらに手加減していただくことになります」


「幸いわたしたちは会員同士の力比べってまだしてないから。この計画を知っている6人が空中格闘でどれほど戦えるか他のプレイヤーに知られていない。手加減してもバレないでしょう」


「6人……セイネとボクと、父さん母さん、アルさんオルさん、か。じゃあこっちはこの中から選手を出すとして、その人は対戦相手より強くないといけない?」


「相手より強くて手加減して互角に見せるか、相手と同じ強さで本気で互角の闘いをするか、ね。でも現実問題、前者はありえない。後者だって今のわたしたちじゃ厳しいわ」



 セイネのその言葉が意味するのは──



「ボクたちの誰も、同好会の誰と闘っても﹅﹅﹅﹅﹅﹅勝てないってこと?」


「ええ」



 即答してから、セイネはミーシャのほうへ顔を向けた。



「ミーシャさん。決闘はお互い射撃武器はなしで、研究会側は自力飛行による空中格闘戦スタイル、同好会側は他力飛行による空中騎馬戦スタイルで行うということでいいんですよね?」


「はい。本日中にそちらに送る予定の詳細にも、そう記してあります。他には双方5名の選手を出し、全員が1回ずつ1対1の闘いをする団体戦と、ご提案させていただきます」


「分かりました。ありがとうございます──でね、アキラ。わたしたち空中格闘じゃ上手く戦えなくてドッペルゲンガーに負けたから、研究会を始めたじゃない」


「うん」


「そんなわたしたちでも空中騎馬戦ならもっと上手く戦える。違う?」


「まぁね。ボクも、空亀に初めて乗ったばかりでもぎんせつりゅうとちゃんと戦えた」


「つまり空中格闘戦より空中騎馬戦のほうが、まともに戦えるようになるまでのハードルが低いの。この時点でも同好会が有利」


「……!」


「しかも、研究会は昨日きのう、考案した技を発表して練習する集会の第1回目を開いたばかりで実戦で使う訓練なんてしていない。一方、同好会の人たちは空中騎馬戦の稽古をずっと続けてきている。勝負にならないわ」

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