第34話 親友

 小学1年生のころ。



「どけよ腰巾着こしぎんちゃく。ぼくが用のあるのはそちらの──そう、君だ。初めまして、こまきり まきさん。お噂はかねがね。ぼくはびき あみひこ、君と同じ天才さ」



 それがアキラの網彦との出会いだった。


 黒髪黒眼ばかりの日本人の中にあってアルビノ先天性白皮症による銀髪紫眼という目を引く容姿に加え、IQ300の天才児。それで入学当時から注目の的だった蒔絵の──


 腰巾着。


 というのが周りの者たちのアキラ──あま あきらへの認識だった。アキラとしては心無い者たちの好奇や悪意から蒔絵を守る騎士ナイトたらんとしていたのだが、気持ちだけで守れてはいなかった。



⦅マキちゃんをいじめるな‼⦆



 よく、そう言ってケンカになっては必ず負けて泣かされていた。相手が男子でも女子でも。そして……そのケンカした相手はみな、すぐ遠くに転校していった。


 蒔絵がその悪魔的頭脳で相手を保護者ごと﹅﹅﹅﹅﹅陥れて、そう仕向けたと本人から聞いた。具体的な方法は怖くて聞いていないし、聞いてもアキラの頭では理解できなかったろう。


 守られるだけのお姫様ではない。


 敵は容赦なく自ら始末する魔女。


 蒔絵がそう認識されると、そのそばにいる弱虫アキラ騎士ナイトなどではなく、使い魔とか、ペットとか、虎の威を借る狐とか、取りまきとか、金魚のフンとか、腰巾着とか呼ばれるようになった。


 それが定着したころ蒔絵の前に現れた網彦は、それまでの連中とは目的が違った。彼は蒔絵と同じく 〔頭がよすぎて周囲と話が合わない〕 悩みを抱えていて、話の合う仲間を求めていた。



「ぼくなら君と話せるよ」


「へぇ。それは楽しみね」


 ズキッ──



 アキラは胸が痛んだ。自分はバカで、蒔絵をイライラさせてばかりで、その悩みを解消するどころではない。そんな自分にはなれない 〔蒔絵の理解者〕 に他の男がなろうとしている。


 嫉妬した。


 蒔絵を取られると思った。


 が……要らぬ心配だった。



「もういい。とんだ期待外れだったわね」


「そんな……ぼくが、このぼくが……!」



 話してみると網彦でも蒔絵には全然ついていけないことが判明した。その時の会話はアキラには理解できず内容は覚えていないが、轟沈した網彦の憐れな姿だけは覚えている。


 あとで聞いた話だが網彦のIQ知能指数は蒔絵の半分の150しかなかった。なおIQは100が平均値、高くなるほど優秀で、130以上がいわゆる 〔天才〕 の目安。


 アキラはIQを計っていない。


 計るだけ無駄と分かっている。


 蒔絵の300は、IQ観測史上でも屈指の数値。天才中の天才。IQ150の網彦は紛れもない天才だが、それでも蒔絵から見れば仲間と呼ぶには程遠い小者だった。


 以降、網彦は蒔絵にちょっかいをかけていない。





 そして現在。



「なんか網彦、前より元気になった?」


「うん。アキラには悪いけど、駒切さんが留学して学校ココからいなくなったからね。んーっ! 実にのびのびした気分だよ」



 網彦はアキラの友達となっている。


 リアルでは唯一の、そして最高の。


 蒔絵に撃退された時はもう関わることもないだろうと思った相手がどうして自分に声をかけてきて友達になってくれたのか、アキラにも分からない。


 ただ、蒔絵にやられて改心したのか、次に会った時の網彦からはアキラを見下す態度がきれいさっぱり消えていた。


 むしろ蒔絵がアキラに対してもあまりしない 〔自分より頭の回転が鈍い相手に話を合わせる配慮〕 を積極的にしてくれて、正直なところ蒔絵よりも話しやすい。


 蒔絵は初め、疑っていた。


 網彦がアキラに接近したのは、なにかよからぬ意図があってのことではないかと。それで監視していたが、いつまで経ってもその様子が見られないと、やがて警戒は解かれた。



「網彦、マキちゃんと仲悪かったっけ?」


「知ってるだろ。良くも悪くもないよ。彼女とは基本、口を利かないし。それにのびのびするってのは別に彼女を嫌ってるからじゃない。周囲の目の問題さ」


「周囲?」


「ぼくのIQが彼女の半分なのは、あまり知られてないからね。どちらも全教科満点てとこだけ見て、みんなぼくを彼女と同格と思ってる。過大評価されるのも居心地が悪いもんさ」


「なるほど……」



 小学校のテストごときでは網彦と蒔絵の差を克明にすることはできなかった。それでできた誤解は今も解けていないが、比較対象がそばにいるのと、いないのとでは大違いということか。


 蒔絵とじかに会えなくて寂しいと思っているアキラには網彦の気持ちは分かってやれないが、周りの目を気にするのは分かる。


 今だって。


 昼休みに2人で立入禁止の屋上の施錠された扉の前まで来て人目をさけて話しているのは、ネットでの話もするからリアルの知人には聞かれたくないのもあるが、それ以前に。


 劣等生のアキラが優等生の網彦と話しているのを教師に見つかれば怒られるし、生徒に見つかれば教師に密告されるからだ。とはいえ、この密会も秘密基地ごっこのようで楽しくはある。


 そして話題は変わり──



「えぇ。古流剣術やってる人を探そうとした矢先に向こうから現われたって、都合よすぎて怪しくない? 大丈夫なの、アキラ。その人のこと本当に信用して」


「登場の仕方が怪しくなっちゃったのは本人も気にしてたけど、大丈夫だと思う。悪い人には見えないよ。網彦は心配しすぎ」


「気を悪くしないでほしいんだけど。自分の 〔人を見る目〕 を過信するのはよくないよ。そういう人が騙されるんだから」


「そ、そう言われると」



 アキラとしては当初バリバリに警戒していたレティスカーレットが彼──エルフ侍アルフレートと、その友人のドワーフ鍛冶師オルジフに心を開いた時点で、2人への警戒は完全に解けていた。


 ともに魔龍退治の任務ミッションを遂行する内に仲間意識も芽生えた。


 しかし網彦の言うとおりでもある。手の込んだ悪人なら、信用を得るために凝った芝居を打つこともあるだろう。


 しかし、ならどうすれば。



「──よし! ぼくも今度クロスロードにログインするから、その人のこと紹介してよ。アキラを任せられる人か、ぼくがじきじきに見極めてやる!」


「いや、あのさ? お気持ちは嬉しいんだけど! さすがに過保護だと思うんだ! 君はボクのお母さんかな⁉」


「気持ち悪いこと言うなよ。ぼくたちは親友、だろ?」


「うん……だね!」



 そう言って、アキラは網彦と笑いあった。

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