第110話 手応

 くるくる……



 頭上から見て反時計回り↺に旋回しながらの 〔回転斬り〕 を披露したアキラは、なおも空中で回りつづけていた。このままだと目が回る。


 早く説明しないと。



『えー、このように。いったん回転を始めると、とまらなくなります。空中では足と地面との摩擦がないので。とまりたい時は逆回転の入力をします。回転を始めた時とは逆の、左スティックのトリガーを──こう!』



 ブシュッ!



 プレイヤーのアキラが左スティックのトリガーを引くと、アバターのアキラがまとった飛行マントによる左右の推進機能スラスターの内、今度は左側が風を後方に噴射してアキラアバターの左半身を前に押す。


 その力はアキラの全身を時計回り↻に回転させるように働き、元から働いていた反時計回り↺の力を打ちけし──ピタッと。


 アキラの体は空中で静止した。



『回転を始める時のトリガーは、一瞬だけ強く引いてすぐ離すのがいいです。トリガーを引きつづけると漫画で見る技みたくギュンギュン回れますが、速すぎて周りは見えないし目は回るしで、その状態で戦うのは無理でした』


 ハハハ……



 下にいる参加者たちからの笑い声。初めに噛んだ時に聞こえた嘲笑とは違う。ウケたらしい。アキラは少し気が楽になった。



『次は今のと逆回転の 〔回転斬り〕 です』



 アキラは剣を構えなおした。


 さっきと逆の左に突きだす。



『こちらの構えでは、回転を始める時に左トリガー、回転をとめる時に右トリガーです。それでは……いきます‼』



 ブンッ‼ ──ピタッ!


 おぉ~っ



 アキラの体は今度はダラダラ回転しつづけはせず、時計回り↻に2回転でとまった。その動作がサマになっていたからか、下から感心したような声が上がり、アキラはこそばゆくなった。


 今回は始動のトリガーを引いたあと、すぐ制動のトリガーを引いた。それでも1回転ではとまれなかったのは、1回転に要する時間が非常に短いため。さすがに反射神経が追いつかない。



『横回転は以上です。次は縦回転です』



 いつしかアキラはみなの前で話すことに慣れて、滑らかに話せるようになっていた。緊張が完全に抜けたわけではないが、慌てず落ちついて話せていると自分でも思えた。


 嬉しい。



『横回転の 〔回転斬り〕 では回転するのに背中のスラスターを使用しましたが、縦回転の 〔回転斬り〕 では足裏のスラスターを使用します』



 自分が履いている飛行サンダルを指差してみせる。



『今もボクは空に浮かぶために、両足の足首を伸ばすことで左右の足裏スラスターを下に噴射しているわけですが、空中で縦回転をする時もこの足裏スラスターは噴かしっぱなしにします』


『まずは剣を振らずに体だけ回転してみますね』


『前転からいきます。スラスターを噴かしたまま、鉄棒の逆上がりみたく両脚を前に振りあげます。そうするとスラスターの推力によって、体は逆上がりとは逆方向に回る、つまり前転します──こんな、ふうに‼』


 ぶんっ!



 空中でアキラの体が太腿を腹に引きつけるように前屈し、その姿勢のまま前転方向に1回転、したところで体を伸ばしスラスターを噴く足裏を下に向けて静止した。


 次は──



『後転! スラスターを噴かしたまま、膝を90度 曲げて爪先を真後ろに振りあげます。背後を蹴るように──こう!』



 ぶんっ!



 アキラの体が宣言どおり膝を曲げ、爪先を後ろに向ける。すると全身はその姿勢のまま、くるんと空中で1回転。


 膝を伸ばし、静止。



『足裏スラスターを噴かさず脚を振るだけでも空中での前転と後転はできますが、それだと勢いが弱くて剣に力が乗りません。それに足裏スラスターは空中に留まるためにも噴かしっぱなしにするものですし。噴かせたまま脚を振った時にどう回るか体に覚えさせましょう……では、今度は剣も一緒に。まずは前転から』


 スッ



 アキラは両手で持った剣を頭上に掲げて 〔上段の構え〕 を取った。その状態で先ほどと同じく、足裏スラスターを噴射したままの脚を振りあげ──空中前転!



 ブンッ‼



 体が回転して鳴らす音に、剣が風を切る音が加わった分、剣を構えず回った先ほどより鋭い音がした。



 お~っ!



 アキラが腕を動かさず上段に構えたままの剣は、全身が前転したことで共に1回転、その軌跡と勢いは充分に斬撃と呼べるものだと参加者たちの目に映ったはずだ。耳にかすかに伝わってきたざわめきが、そう教えてくれた。


 確かな手応えを感じる。


 アキラは深呼吸して興奮を落ちつかせた。あまり調子に乗ると失敗しそうで怖い。最後まで気を抜かず着実にやりきりたい。


 アキラは剣を下に向けて 〔下段の構え〕 を取った。



『次は後転です! こうして剣を下に構えたまま後転することで剣を振りあげるわけですが、これで敵に当たるのは剣の後ろ側、持ち手の体に向いているほうになります。ボクのはりょうの剣なので問題ないですが、武器がかたの刀の人はそのままだと峰打ちになっちゃいますので、刃の向きを反対に返してください……では、いきます‼』


 ブンッ‼



 剣を下段に構えたままアキラの体は後転方向に1回転。静止した時、アキラの構えは下段だったのが上段に変わっていた。


 腕で振りあげたのではない。



『最後、ボクが剣を振りかぶったように見えたと思いますが、腕に力は入れていません。後転して発生した遠心力でひとりでに上がったんです。そういう場合、他の回転でもそうですが無理に元の構えを維持する必要はないので流れに任せてください』



 これで縦回転の実演は終了。


 あとは最後の技を残すのみ。



『最後は斜め回転です! やりかたですが、横回転と縦回転を同時に行うことで斜めの回転になります。これはもう一気にやっていきますね!』



 まずは剣のを右上に担いで 〔八双はっそうかまえ〕 に。


 そこから背中右側スラスター噴射による反時計回り↺の横回転と、両脚を振りあげることによる前転を同時に行い、両者が合わさった斜め方向に1回転。


 それに合わせて剣の刃を立てることで空中での 〔り〕──右上から左下への振りおろしとなした。次は時計回り↻に前転を加えて、左上から右下へ振りおろす 〔ぎゃく〕。


 そして後転しながら横回転して斜めに振りあげる 〔きりあげ〕 を、右下から左上へと、左下から右上への2パターン。


 計4パターンの実演を終えた時、大きな歓声が上がった。

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