第111話 閉会

‼ オォーッ ‼


 パチパチパチパチパチ……



 聞こえてくる歓声と拍手にアキラは戸惑った。


 この空中格闘研究会に 〔発表者の実演に参加者は拍手を送るルール〕 はない。だから、この拍手はアキラの 〔回転斬り〕 の実演を評価した人たちから自発的に起こったもの。


 信じられない。


 親しい人からならともかく交流のない、しかもこれほど大勢の人から称賛を浴びたのは初めてだったから。


 それで反応が遅れたが、徐々に体の奥底から喜びが湧きあがってくる。浮きたつ気持ちを抑えながら、アキラは締めに入った。



『以上、全8通りの 〔回転斬り〕 をご紹介しました』


『これらは地上で剣を振るう際の基本の斬撃と向きは同じです。ただ、それを空中でやるには地上で剣を振る時と違ってスラスターによる回転に乗せたほうがいいというもので』


『空中で剣の間合いまで接敵した際、8方向のどの斬撃が有効かは相手との位置関係で変わります。その時、瞬時に適切な斬撃をくりだせるよう体に覚えこませないといけません』


『ボクもそれはまだ全然できてません。これからみんなで練習していきましょう! ……〔回転斬り〕 の発表は、以上になります。ご清聴、ありがとうございました‼』



 アキラは深々と頭を下げた。


 会場は再び拍手に包まれた。



『アキラさん、ありがとうございました‼ それでは 〔回転斬り〕 の練習パートに移ります! みなさん散ってくださーい‼』


 バッ



 司会のセイネの声に参加者たちが一斉に砂浜から飛びあがり、会場内の四方八方に散っていった。


 今回は複数の参加者で組を作ることはなく個人での練習になる。発表者であるアキラ自身も練習パートに参加するので、割りあてられた空域へと赴いた。


 が、練習が始まっても集中できなかった。


 一応、回転斬りの動作をなぞりながらも、意識は周囲に向いてしまう。参加者たちが回転斬りを実際にやってみて、どう感じるかが気になって。


 さっきは拍手されて嬉しくなったが、それは自身が回転斬りを実演してみせた姿が評価されたのであり、参加者1人が1人が 〔自分が使う技〕 として評価するかとは話が別だ。


 回転斬りは 〔技〕 と呼ぶのも大げさなくらい当たり前でありふれた空中での通常攻撃になる、と個人的に思っているアキラにとっては、それがこの研究会の参加者、ひいてはこのゲームのプレイヤー全体にとっての共通認識となるかというほうが、自分の発表が褒められることより関心が高かった。


 はたして……



〝くあーッ、横回転はいいけど縦回転は難しいな!〟


〝軽々やってたあの子、やっぱすごかったんだな~〟


〝ベテラン勢かな?〟



 耳を澄ませると、周囲のザワめきの中からそんな声が小さく聞こえてきた。やはり褒められるのは嬉しいが、探している声とは違う。



〝よし、だんだん慣れてきたぞ〟


〝これなら実戦でも使えそうだ〟



(!)



〝あの子が言ってた 〔通常攻撃〕 って意味が分かってきたぞ〟


〝確かに空中で剣を振るならコレ一択だ。これまでは腕で振ってて、威力は出ないくせに姿勢が崩れて話にならなかった〟


〝けど回転斬りは姿勢制御の動作を攻撃に転用するから、威力には体重が乗るし姿勢が予想外に変わることもない〟



(よしッ……‼)



 アキラは生身のほうの体で、スティックから放した手でガッツポーズした。回転斬りがプレイヤー全体に定着するかはまだ分からないが、少なくともこの場での反応は上々だ。


 アキラは心からの充足を味わった。


 セイネと2人してドッペルゲンガーに敗れて空中格闘戦での課題に気づき、この研究会を開くことになって、セイネ主導のイベントに自分が役立てることなどないと思っていたら、発表者という大役を任されてテンパったりと色々あったが。


 研究会は正解だった。


 研究会は成功したと。


 今こそアキラは確信した。





 それから。


 〔回転斬り〕の練習パートが終わり、そのあともいくつかの技の発表と練習が行われ……今回の研究会に寄せられた全ての技が出尽くして、最後のプログラム──閉会式が始まった。



『みなさん、お疲れさまでしたーッ‼』


 お疲れさまでしたーッ‼



 司会のセイネの挨拶に、参加者の一部が声を返す。


 砂浜に並んだ参加者一同を堤防の上から見下ろすセイネは開会式の時よりもテンションが高く、プログラムが進むほどに盛りあがっていった今日の研究会の参加者たちと気持ちを共有しているとアキラには思えた。


 なんというか、キラキラとしている。


 人気者のオーラ? が増したような。



『本日の研究会、いかがでしたでしょーかっ! わたしはとーっても充実しましたっ! いやはやホント、想像以上でした! やはり体を動かして実際にやってみると違うものですね‼』


『こうしてじかに集まっての会はひとまずここで終わりますが、研究会はこれで終わりではありません!』


『今日の体験で感じたこと、それぞれの技の長所や短所、発展の可能性などをみんなで語りあう! それが新しい技を創案するきっかけにもなる! そうした新技をみんなで持ちよって次の集会を開く! その全てが空中格闘研究会なのです!』


 オォーッ‼


『これからもみんなで力を合わせて空中格闘の道を探求していきましょう! とゆーわけで、第1回の集会はここまでです! みなさん、お疲れさまで──』



『オォーッホッホッホッホ‼』



 突如、セイネの締めの挨拶を遮って女性の笑い声が響きわたった。アキラがアニメでしか聞いたことがない、上品な女性が使う笑いかた。現実で聞かされると芝居くさく感じる。



『え、えっ!?』



 この事態にセイネは戸惑っているように見えた。アキラはセイネが用意したサプライズイベントかと思ったのだが、だとしたらセイネの反応は演技なのだろうか。



「おい、なんだ」


「知らないよ!」


 パッ──



 他の参加者たちも騒ぎだす中、セイネの頭上に巨大なウィンドウが表示され、その一面に金髪を縦ロールにした美女の顔が映しだされた。



(あっ⁉)



 アキラはその顔に見覚えがあった。この大江戸城に初めて来た夜、両親と3人で乗っていたスカイカーのタクシーにニアミスした、個人用スカイカーを運転していたお嬢様PCだ。



『お集まりの皆様、ごきげんよう』



 お嬢様の口が動く。


 笑い声と同じ声だ。



Xtuberクロスチューバー 〔ミーシャ〕、参上いたしましてよ~ッ‼』

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