第109話 出番

 刻限となり 〔直前急加速〕 の練習が終了。


 空中格闘研究会は次のプログラムに移る。


 司会のセイネに呼ばれた者が自らの技をみなの前で発表し、次いで一同でその技を練習する。その流れが数度くりかえされ……



『アキラさん! どうぞ‼』



 自身のファンにあらぬ疑いをかけられぬようにと他人のフリをしているセイネに、アキラは他人行儀に名前を呼ばれた。



(ついに来た……!)



 そう、アキラも発表者の1人だった。大勢の前でなにか発表するなど内向的なアキラが進んですることではなく、実際に気は進んでいない。


 ネット上で研究会で発表する技を募っていた時、セイネががんばって準備してくれている研究会に少しでも貢献したいという想いから、アキラは自分が思いついた技を報告した。


 その時は自分が発表するとは思っていなかった。


 同じ技を報告しているプレイヤーは他にも大勢いて、その誰かになると思っていた。だが研究会当日に参加できる者、かつその技を実演できる者と条件を絞っていった結果、最後にアキラしか残らなかったのだ。


 誤算だった。


 こうなっては 〔人前は苦手なので辞退したい〕 とは言えない──いや、本当はやりたくないのに嫌だと言いだせない、というわけではない。


 研究会の成功を願う心、セイネの支えになりたい心から、そんな情けない理由で辞退することをアキラは自分に許せなかった。天秤の針は 〔発表を希望〕 に傾いている。


 が!


 それで気後れがなくなるわけではない!


 怖いモンは怖い! 人見知り舐めんな‼


 アキラは心臓をバクバクさせながら、参加者の群の中からセイネの隣まで飛んでいった。そして喉につけた小型マイクをオンにして会場全体へと語りかける。



『どょうも……ッ!』


 どっ──



 〔どうも〕 と言おうとして噛んだ。


 会場の大勢に笑われた。死にたい。


 羞恥心で頭が真っ白になるが、ならもうこれ幸いと余計なことは考えず、眼前に広がる無数の観客にも焦点を合わせず、ただ言うべきことだけ言うことにする。



『発表する技は 〔回転斬り〕 です‼』



 それは地上の剣技において、横向きに回転しながら剣を振って周囲360度を薙ぎはらう技を呼ぶのによく使われる名だが、これから紹介する技はそれとはイメージが異なる──


 という事を、アキラは説明していった。



『周りにいる複数の敵を一度に攻撃しようというものではありません。そもそも距離がすぐ離れてしまう空中戦でそこまで密集した敵に囲まれること自体が稀でしょうし。なので、これも斬りつける相手は1人や1体と想定しています』



 それで、どういう技かと言うと──



『名前のとおり 〔回転しながら斬る〕 わけですが、これは特別な技としてそういう斬りかたをするわけではなく、むしろ通常攻撃として 〔空中で剣を振る時は腕で振らず、全身を回転させることで振ろう〕 というものです』



 これを思いついたのはアルアルフレートのおかげだった。


 そもそも空中に限らず、剣とは腕で振りまわすのではなく腰、体幹の動きで操作するものだと、アルから地上の剣術を習った時に聞いていたから閃いた。


 〔腕で振るな〕 というのは難解だ。


 その本質は 〔動きの基点が腰にある〕 というもので、アルのように剣術の心得のある者は腰から発した力が胴体を伝わり、それが肩から先の腕を動かしているのだが。


 それも外からだと胴体は動かず腕だけ動いているように見えるので 〔腕では振っていない〕 と言われても素人は 〔腕で振ってるじゃないか〕 と思ってしまう。


 剣術(に限らず武術全般)の良く言えば奥深さ、悪く言えばとっつきづらさの一因となっている要素なのだが、空中での剣技だと話はぐんと簡単になる。


 体幹の動きが一目瞭然だからだ。


 地上では胴体の内側では力が伝導していても外側からはそれが見えないように姿勢を固定することができる。だがそれは地についた足で踏んばりが利くから可能なこと。


 地に足がついていない空中では、それは不可能なのだ。空中で胴体にかかった力は、すぐに全身の動きとして表れる。


 他人からはもちろん、本人としても分かりやすい。その全身の動きに乗せて剣を持つ腕は動かさず、剣を相手に当てようというのが空中格闘における 〔回転斬り〕 だった。


 地上剣術の話は省き、アキラは要点を語った。



『空中で腕を動かして剣を振ると、その慣性で体が回っちゃって姿勢が崩れます。そのくせ足による踏んばりが効かないから力も乗らなくて軽い攻撃になる』


『なら、もう腕は振らず一定の構えで剣を固定しておいて、スラスター噴射で全身ごと剣を動かして相手にぶつけるほうがいい。それなら体重が乗った重い攻撃になる』


『というのは他のかたも発表されていましたが、〔回転斬り〕 はその際を動きを 〔移動〕 ではなく 〔回転〕 でしよう、というものです……では、実演してみます』



 アキラは地面を蹴って飛びあがった。


 みなから見える高さで滞空して──


 背中の鞘から剣を抜く。



『〔回転斬り〕 は回転の向きによって横回転、縦回転、斜め回転とバリエーションがあります。まずは横回転からいきます‼』



 剣を両手で持ち、体の右側に突きだす。



『この構えから、やることは1つ! 〔右スティックのトリガーを引きしぼる〕 です──せーのっ‼』


 ブンッ‼



 宣言どおり、アキラ──ゲーム内でみなに見られているアバターではなく自室にいるプレイヤー本人のほう──は、ウィズリムの右スティックについたトリガーを右手の人差指で一瞬だけ引きしぼった。


 その入力を受けたアキラのアバターは、空中で独楽のように1回転。剣を横に構えたまま回ったことで、腕は動かさずとも剣をしっかり振ったようにみなからは見えたはずだ。


 トリガーは背中の2つのスラスターと連動している。


 スラスターとは本来メカについている推進器のことだが、今は同じ役割を果たしている魔法の飛行マントの空気噴射機能もそう呼ぶ。


 右トリガーを引けば右、左トリガーを引けば左についているスラスターが噴射され、そちらの半身を前に押す。左右を押す力が等しければ全身が直進するが、差があれば体は回転する。


 その回転に乗せて相手に剣をぶつける。


 〔回転斬り〕 とはそれだけの技。だからこそ誰もが当たり前に使う基本技になるポテンシャルがあるとアキラは思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る