第108話 偶然
「『
再び距離を取って向かいあった2人は共にカウントを読み、0と叫ぶと同時に互いを目指して飛びだした。
アルの飛びかたは相変わらずフラフラしていて危なっかしいが、先ほどよりは安定していて、大きくコースを逸れはしない。
アキラはもしアルが直進コースを逸れたら自分もそれに合わせて軌道修正しようと身構えていたが、そうする必要もなく互いの距離は詰まり、もう間近へと迫った。
『参る‼』
バチィン──ドボンッ‼
『うおおおおッ⁉』
一瞬の交錯ののち、アキラは空中に留まり、アルは再び海に落ちた。それはアキラの剣がアルの背中を打った結果だった。
『お、お見事でござる!』
「あ、いえ。マグレです」
謙遜ではない。
アキラはアルの突進にまったく反応できなかった。
〔直前急加速〕 は敵と衝突する直前に加速する技だが、〔直前〕とは何メートルの距離か、などと細かい決まりはない。
仮にあったとしても、それを実戦するプレイヤーは機械ではないのだから正確なタイミングで加速を始められはしない。厳密に 〔いつ〕 加速するかは人それぞれ、その時々で異なる。
そんなもの、予測できるはずがない。
アキラはアルとの距離が詰まった時点で 〔そろそろアルが加速する〕 と身構えていたし、アルは加速する前にわざわざ 〔参る〕 と声をかけてきた。
にもかかわらず、実際にアルが急加速を始めた瞬間には、アキラはそれを唐突に感じてビックリしてしまった。アルの刀を受けとめられたのは、向こうからこちらの構えた剣に突っこんできてくれたおかげだ。
その時、アキラは先ほどのように 〔諸刃の剣〕 にならないよう、手に持った剣に正面から力がかかった時に正面から受けとめるのではなく、下に受けながすように構えていた。
そのため──
アルの体は下に流れ、アキラの体は逆に上へと浮きあがり、2人は上下に分かれてすれちがうことになった。
その際、力を下へと受けながしたアキラの剣も自然と下がり、下にいたアルの背中を打ったのだ。
アキラが狙ってやったのなら高度なカウンター技と言えるが、実際はなにも意図しないで勝手に起こったことだった。
「──と、いうわけでして」
『なるほど! ならばこれは嬉しい発見でござるよ。徒歩での剣術にも 〔鍔ぜりあいから相手の姿勢を崩して上から押さえつけるように斬る技〕 はあるでござるが、今のはその空中版と言えよう。練習を積めば、偶然ではなく自発的にあの状態を作る技として成立するでござる‼』
「そうか……そうですね! うわ、すごく研究会してるって感じです。1つの技の練習中に別の技を見つけるなんて」
『左様、いい感じでござるな。ではこの技は覚えておくとして、今は練習の続きと参りましょうぞ』
「はいっ!」
それから2人は 〔直前急加速・針路変更〕 の練習に移った。
互いに向かって飛び、交差する直前に急加速する際、上下左右のどこかに体をずらして相手の側面に回りこんでから攻撃する。
またアキラが先攻、アルが後攻で試してみたが、2人とも急加速するタイミングが遅すぎて、相手の側面から攻撃しようとした時にはもうすれちがったあとで武器が届かなくなっていた。
2人は加速するタイミングを早めて同じ練習を繰りかえし、上手く攻撃できるようになったら、この 〔直前急加速〕 における最後の練習に取りかかった。
「『
それは交差する時どちらか一方ではなく双方ともに 〔直前急加速〕 する、しかも針路をそのままにするか変更するかも自由という条件での技のかけあいだ。
「やぁッ‼」
『とうッ‼』
2人はそれを何度も反復した。
交差時どうなるかは千差万別。
一方の攻撃が成功する時もあれば、双方ともに攻撃が当たって相討ちになる時もあり、急加速で別々の方向に飛んでしまって互いに攻撃が届かず虚しく空振りに終わったこともあった。
そうする中で、アキラはぼんやりと 〔直前急加速〕 の法則のようなものを感じとっていった。
まず加速時の針路についてだが、これは直前の相手との位置関係でほぼ自動的に決定する。
これに気づいたのは大きな収穫だった。
正面から互いを目がけて飛んでいるといっても、両者の軌道が完全に一致することなどない。問題は、それがどれくらい、どの方向にズレているかだ。
ズレが多ければ、そのズレがさらに広がる方向へと早めに針路変更することで相手の側面に回りこめる。相手も同じことをした場合、間合いが開いて互いに攻撃が当たらなくなるが、それならそれでいい。仕切りなおせばいいだけの話だ。
逆にズレが少なく軌道がほぼ一致しているようなら、針路は変えずにそのまま加速するのがいい。ズレが少ないほど相手の側面に回りこむための移動量は増えて、失敗しやすくなるからだ。
「メモしておきましょう!」
『そうでござるな!』
こうした理論が分かっていれば、交差の瞬間に自分が取るべき選択肢に迷うことはなくなるし、相手が取ってくる選択肢も予想がつけられる。
とはいえ、まだまだ机上の空論。
理論に従って選択した動きを技量不足で上手くできないこともあるし、相手の動きが予想から外れることもままある。
だが、それは自分が未熟だからだ。練習を積めば精度が上がっていくだろう、という手応えがある。今まではどう練習すればいいかも分からなかったのが、その方向性が見えただけでも各段の進化だ。
それは、この研究会のあいだに劇的に上達するような、一朝一夕で身につくものではないだろう。そんなムシのいい話は元から期待していない。当然この研究会が終わったあとも自分で練習を積む、その楽しみができたことがアキラは嬉しかった。
「あの、ところで」
『なんでござろう』
「アルさん、飛ぶの上手になってませんか?」
『アキラ殿もそう思われるか! どうも以前は 〔上手く飛ぼう〕 との気負いが動きを硬くしていたようで。技をかけるほうに意識を取られてそんな余裕がなくなったら、いつのまにか前より楽に飛べるようになってたでござる‼』
「そうですか! それはよかったです!」
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