第107話 練習

「アキラ殿!」


「アルさん?」



 エルフ侍──ただし今は飛行マントとサンダルを着用しているため侍には見えない──アルフレートに声をかけられ、アキラは思考を中断した。



「拙者と組んでいただけませぬか」


「えっ……いいんですか? オルさんと組むんじゃ」


「拙者、あやつには以前、空中格闘の稽古でやりこめられたゆえ、リベンジマッチを挑むその時までは剣を合わせたくないでござる!」


「そ、そうだったんですか」


「そんなわけで、アキラ殿のご迷惑でなければ──」


「迷惑だなんて! 実は、知らない人と組まなきゃいけないと思って気後れしちゃってて。アルさんがお相手してくださるなら願ってもないです。ご一緒しましょう!」


「それはよかった! よろしくお頼みもうす!」


「はい! こちらこそ‼」



 アキラは心底からホッとした。一時はどうなることかと思ったが、自分からなにかすることもなく解決した。運がよかった。


 心に余裕ができて周囲を見渡すと、カイルエメロードは予想どおりペアになっていて、オルオルジフは組む相手を探しにいったらしく姿が見えなかった。


 それから数分後。


 参加者全員がペアを組みおわると、各ペアは他のペアと一定の距離を保って練習するため、セイネの誘導に従って会場の各地に散った。


 みな空を飛んで、高さ500メートルある大江戸城2階の空間いっぱいに広がる。ただし複数のペアが上下には並ばないように。もし落下しても他のペアの人にぶつからないための配慮だ。


 アキラとアルも、セイネに指示されたポイントに移動した。全ての組が配置についたらしく、セイネによる開始の合図が響く。



『みなさん、始めてください!』


 ジャキン!



 アキラは背負った鞘から 〔神剣しんけん翠天丸すいてんまる〕 を抜いた。同時に、対峙しているアルも腰の鞘から竹光たけみつうちがたなを抜く。


 そして互いに、自らの剣を体の前に立てて構える。発表者たちの教えどおり、相手と衝突コースになった時に盾代わりにするためだ。



「まずは片方だけ 〔針路そのまま〕 ですね」



 発表者のロビンとレンが実演してくれた順番どおりに練習しようとアキラがそう確認すると、アルからの返事が耳元でする。



『アキラ殿は先攻・後攻、どちらがよいでござる?』



 ペアを組んだ相手とは通信を繋いで、離れていても互いの声がよく聞こえるようにしている。これも司会進行のセイネが全体に指示していた。



「では、先攻で!」


『承知! しからばスリーカウントで始めるといたそう。サンニィ──』


「『イチゼロ‼』」


 バッ‼



 アキラは生身の肉体で両スティックのトリガーを引きしぼることで飛行マントの、両ペダルを踏みこむことで飛行サンダルの推進機能を発動させ、ゲーム中の自身のアバターを前進させた。


 正面から向かいあっているアルを目指して真っすぐに。同時に飛びだしたアルもこちらへと真っすぐに──と思いきや、その体がこちらから見て左に逸れた。



「アルさん?」


『ぬあーっ! 面目ない! 拙者そもそも自力飛行が苦手で、真っすぐ飛ぶのも困難なのでござる‼』


「針路修正します!」


『かたじけない!』



 そういえばアルが自力飛行するところを見るのはこれが初めてだった。苦手とは聞いていたが、これほどとは。


 地上における剣技においては自分が足元にも及ばないアルが、自力飛行においては自分より明らかに技量が劣るのを実感して、アキラの心に優越感が芽生えた。


 直後、罪悪感で自己嫌悪になる。


 誰にだって得手不得手はある、勝ちほこるようなことではない。まして、自分に剣を教えてくれている恩人に対して。アキラはアルに礼を欠かないよう気を引きしめた。


 そして、サンダルから風を噴射して推力を得ている両足の内、右足を外に開くことで推力を右に向け、アルの正面につくよう自身の位置を左にズラした。


 アルはなおもフラフラしているが、決定的に姿勢を崩してあらぬ方向へ飛んでいかぬよう苦労しながら、こちらに向かって前進している。これなら無事に交差できそうだ。



『さ、さぁ! 参られよ‼』


「はい! では……今っ‼」



 互いの体が間近に迫った瞬間、アキラはまだ余裕を持たせていたトリガーの引きしぼりとペダルの踏みこみを限界まで行い、飛行マントとサンダルの推力を最大まで引きあげた。



 ギュンッ‼



 アキラが急加速したことで互いの接近速度がハネあがり、元から大して残っていなかった双方の距離は一瞬で0になった。


 その一瞬のあいだに、アキラが腕で振らず前に立てたまま固定していた剣は、同様にされたアルの刀にぶつかる──ことはなく、その横を通りすぎ。アルの肩口に激突した。



 ババチィッ‼



 PCプレイヤーキャラクターが同じPCから攻撃を受けた場合、その体はPKプレイヤーキラー防止の結界に覆われ、その攻撃を弾く。その結界が攻撃を弾いた音が2度、響いた。


 1度目はアキラの剣の前側の刃がアルの肩口に当たった時に。そして2度目は、激突で剣に伝わってきた衝撃をアキラの両腕の力では抑えきれず、剣が自分のほうへ押しこまれて、その後ろ側の刃がアキラのおでこにぶつかった時だった。


 もろつるぎ、よくたとえに使われる言葉の本来の意味そのままの事態になってしまった。PK防止機能がなければアキラもダメージを受けていたし、これがゲームでなければ死んでいた。


 痛みはないが、それでもつい声が出る。



「あだーっ⁉」


『ぐふぅっ‼』



 同じく苦悶の声を上げたアルの声が聞こえるが、その姿はもう見えない。接触した時の衝撃で互いに弾きとばされたらしい。


 アキラは海面に落ちないよう、崩れた姿勢を立てなおし、その場の空中で静止した。直後、下からドボーン! と音がして、見ると水柱が上がっていた。アルが落ちたらしい。



「アルさん、大丈夫ですか?」


『平気でござる! ゲームなので水中でも息はできるゆえ! すぐ戻るので少々お待ちを!』


「はーい!」



 待つあいだ、アキラは考えた。



(剣の裏刃を自分に当てちゃった、今の動きはダメだ。このゲームでら自分の武器で自分にダメージが入ることはないからエネミーとの戦闘で同じことになっても問題ないけど)



 現実なら。


 いずれまきが作ってくれる飛行型SVスレイヴィークルで同じことをしたら、自機を傷つけてしまう。


 そうならないよう、敵に向かっていく時に剣を立てる角度を調整する。アキラはこれからの練習ではその点も注意しようと決めた。

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