第106話 実演
「おい。今の見えたか?」
「あぁ、2人が交差する寸前に女のほうだけ加速してたな」
「で、加速した女が男に剣を当てた……これが技なのか?」
「加速した分だけ威力が増すわけか」
「いや、それなら最初から全速力で突進したほうが強いだろ」
「……確かに。じゃあ、この技の意味はなんなんだ?」
(いや、それは……)
周りで他の
どうせ、すぐ本人たちが教えてくれる。
『説明しよう!』
海中に没していたロビンがそう言いながら水面から顔を出し、飛行マントで上空に滞空しているレンのもとに戻ってから、続きを話す。
『この技の効果、それは──』
『〔敵の意表を突く〕、よ!』
ロビンの言葉を継いでレンが発表する。それはアキラが思っていたとおりの内容だった。2人は自分と違う考えかもと内心ドキドキしていたアキラはほっと胸を撫でおろした。
ロビンが続ける。
『交差する直前まで俺たちは一定の速度で接近していた。すると自然、脳内ではそれをもとに 〔あとどれだけで交差するか〕 の所要時間を計算することになる』
『でも、私がしたように交差する直前に加速してやると、相手は思っていたより予定が早まって慌てちゃう。たとえ一瞬でも命取り、なんとかしようと思った時には急加速した剣に斬られちゃうってワケよ』
‼お~っ‼
参加者たちから感心したような声が漏れる。アキラがちらっと見ると、先ほど疑問を口にしていた参加者たちも納得した様子だった。
『では次はもう1つのパターン!』
『〔加速で針路を変える〕、よ!』
空中のロビンとレンが向かいあって後退していく。先ほどと同じくらい距離を取ると、また2人とも前進しあって互いに接近を始めた。そしてまた、2人の体が交差する寸前──
『今っ!』
今回もレンだけが急加速。そして前回が針路そのままで加速したのに対し、今回は加速と同時に体をひねって針路を変更した。
するとレンの体はロビンの左側面に回りこんだ。右手に剣を持っているロビンにとって、そちらは剣による攻撃も防御もとっさにはしにくい死角。
バチーン!
『あだーっ!』
2人の体がすれちがう一瞬、振るわれたレンの剣をロビンは左の前腕で受けた。攻撃がヒットしてもダメージの発生しないPC同士でなければ、その腕は切りおとされていただろう。
『説明しよう!』
『直前の加速で相手の意表を突くのはさっきと同じ。ただ今度の 〔針路変更〕 だと相手の側面のどこかに回りこんでから攻撃するから、最短距離で突っこむ 〔針路そのまま〕 より攻撃が遅れるわ。その代わり、敵が反応しづらい死角にポジションを取れれば優位に攻撃できるわ』
『〔直前急加速〕 ではこの2つを使いわける。相手との位置関係を見て、死角に回りこめそうだったら 〔針路変更〕、回りこむのが無理そうだったら 〔針路そのまま〕 を選ぶのがいい』
『ただ、それを瞬時に判断して適切に選択するっていうのは私たちもまだできないの。練習あるのみね。それを、これからみんなにもやってもらうんだけど……その前に注意事項があるわ!』
『最後にもう1つ実演する! 見ててくれ‼』
2人はまたまた互いに距離を取り、そして接近し──交差する直前になって加速した。ただし、レンだけだった前2回と違い、今度はロビンとレンの両方ともが。
しかも、2人とも加速と同時に針路を変え──ロビンが向かった先に、レンもまた向かっていた。2人の軌道が交錯する‼
ガキィィィン‼
双方の剣がぶつかりあったことで、2人は体と体で衝突する事態を回避した。2人とも、その剣は振るったものではない。元から前方に立てて構えていた。
『今のがどういうことか分かったか?』
『前の2回では私だけが 〔直前急加速〕 を使ったけど、今回はロビンも使った。自分も相手もこの技を使う、実戦ではこうなる可能性が高いわ!』
『その結果、どういう位置関係で交差するか予想するのは困難だ! そして予想が外れた時、交差するまでの一瞬でなにか対応するのはまず不可能と言っていい!』
『互いに離れて剣が届かなくなる方向で交差するならいいけど、今やってみせたみたいに衝突コースになると最悪ね。よけようががないわ』
『だから接近している時から剣は後ろに引いては構えずに、前に突きだすように構えておく。衝突コースだった場合に、それを盾がわりにして自分の身を守れるように』
『今は剣しか持ってないから剣を盾がわりにしたけど、本物の盾を持ってる場合はそれを前に突きだせばいいわ。これは 〔直前急加速〕 を使うかどうかにかかわらず、空中格闘全般での心構えとして有効だと思うわ』
『俺たちからは以上だ! それじゃ、今まで言った内容をみんなで練習してみようぜ‼』
『一緒に上手くなりましょーね♪』
2人組の発表は終わった。
砂浜にセイネの声が響く。
『ロビンさん、レンさん、ありがとうございました‼ それではみなさん、これより 〔直前急加速〕 の練習パートに移ります! 2人1組になってくださーい‼』
‼おーっ‼
とたんに会場が騒然となった。参加者たちが声をかけあって2人1組になっていく。その喧噪に包まれながらも、アキラにはその声が遠く感じられた。今になって気づいてしまったから。
(ボクは誰と組めば⁉)
アキラはこの研究会に、自分を入れて5人のグループで参加している。その中で2人1組を作れば、2組できて1人が余る……
その1人とは、自分ではないか。
自分以外の4人は、夫婦である
普段なら親友のセイネと組めばいいだけの話だが、他の参加者の前では自分たちの仲は秘密だし、それ以前に司会進行であるセイネはこの練習に参加しない。
アイドル的な人気者のセイネが誰かと組めば、その人はセイネのファンたちから嫉妬されて、トラブルの素になりかねないから──と、事前にセイネから聞いている。
だからアキラは、知らない人と組むしかない。
人見知りには大変ハードルの高い試練だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます