第10節 発表&練習

第105話 開会

 大江戸城の内部は各階500メートルの7階構造になっており、立入禁止の1階以外の各階にはPCプレイヤーキャラクターたちが自由に使える演習場が築かれている。


 今アキラがいるのは2階の海辺フィールドにある砂浜だ。


 いつもは機神英雄伝アタルの主人公アタルの衣装である、古代日本のきぬはかまに似た服装のアキラだが、今はその上から布をかぶり、素足にサンダルを履いている。


 場所柄、布は水泳の前後に体に巻くラップタオル、サンダルはビーチサンダルのようだが、そうではない。タオル地ではない厚手のマントと、現代的な造りではなく古代ギリシャで使われたのと同じ革製のサンダル。


 飛行マントと、飛行サンダル。


 これから始まる空中格闘研究会に臨んで参加者が自前で揃える規則になっている、生身アバターのままで飛行可能になる装備。


 砂浜では同じ格好をした無数のPC、研究会の参加者たちが整列している。その中でアキラの周りには、カイルエメロードアルアルフレートオルオルジフら、一緒に参加している仲間たちの姿もあった。


 そして参加者たちの視線の先では、砂浜よりやや盛りあがった堤防の上に立つバニーガール姿のPC──みなと同じく飛行マントは着ているが、前をはだけてバニースーツが見えるようにしている──セイネがマイクを手に声を響かせる。



『みなさーん! こーんにーちはーっ‼』


‼ こんにちはーっ ‼


(ッ!)



 セイネの挨拶をなんとなく聞いていたアキラは、直後に起こった周囲の参加者たちからの返事の大合唱にビクッとした。


 これは、アイドルのコンサートとかライブとかのノリか。そういうイベントに馴染みがないので、ついていけそうにない。アキラは自分は声を上げずにやりすごすことにした。



(ゴメン、網彦セイネ


『本日はお集まりいただき、ありがとうございまーす! 司会進行はワタクシ、Xtuberクロスチューバーのセイネが務めさせていただきます! よろしくお願いしまーっす‼』


‼ オォーッ ‼



 こんな大人数を前にして緊張が見られないセイネの姿に、アキラは改めて彼女を遠く感じた。あの中身プレイヤーがいつも学校で会っている男友達、びき あみひこだというのが嘘みたいだ。


 普段とオーラが違う、気がする。


 網彦はこのゲーム内でセイネのアバターで会う時も、アキラとはリアルと同じ友人というスタンスで接してくれている。


 その時でも動画配信者としての顔を見せることはあったが、それはどちらかと言えば舞台裏での顔だったのだろう。


 今の姿こそが登録者数500万人の人気配信者 〔セイネ〕 としての本領。それを初めて生で見たアキラはその存在感と、彼女に触発された人々が巻きおこす熱狂に、圧倒された。



『それでは空中格闘研究会! 開催です‼』





 研究会の初めのプログラムは、参加者の中から選ばれた代表者たちによる空中格闘における技術テクニックの発表。


 それも公式のチュートリアルでは教わらない、参加者が自らのゲームプレイを通して発見した新技術たちを。



『発表トップバッターは──』



 誰がなにを発表するかは、主催者であるセイネと各参加者との事前のやりとりですでに決まっている。


 セイネがネット上で空中格闘においてどのような技があるかを募り、そこに多くの意見が寄せられた。


 同じ技が異なる人物から重複して送られることもあり、その場合は投稿主たちから研究会当日に参加できる者、さらに自ら実演できる者と絞っていき、それでも発表希望者が絞れない時は抽選とした。



『ロビンさん!』

「おう!」


『レンさん!』

「ええ!」


『おふたりとも、どうぞこちらへ‼』



 セイネに呼ばれた一組の男女PCが、砂浜の参加者たちの中から前に出て、マントとサンダルの能力でふわっと飛びあがり、堤防の上にいるセイネの隣に着地した。


 男性のほうがロビン。


 女性のほうがレン。


 2人は振りかえって砂浜の参加者たちを見下ろすと、手もとにウィンドウを開いて指でなにやら操作する。


 アキラからは遠くて見えないが、なにをしているかは分かる。会場全体に声が届くよう、アイテム欄から喉につける小型マイクを装備したのだ。発表者はみな、それを事前に用意してある。


 まず、ロビンから口を開いた。



『オレたちが披露するのは 〔直前急加速〕 だ! 敵と空中格闘になった際、接触の直前に加速をつけることで優位に立とうって技さ‼』


(アレだ……!)



 それはアキラがドッペルゲンガーと空中格闘をして負けた時、相手が使ってきた技だった。これをマスターしないとドッペルゲンガーに雪辱を果たすのは無理だろう。


 アキラは話を聴くのに集中した。



『まず使うためのコツは、敵に接近する途中は全速力で飛ばず、接触直前に加速する余地を残しておくってことだな』



 そこでレンも発言。



『そうして接近してからこの技を使う際、大きく分けて2つの使いかたがあるわ。それは 〔針路そのままに加速する〕 か 〔加速で針路を変える〕 かよ!』


『では〔針路そのまま〕 から実演する! 見ていてくれ!』


 バッ‼



 ロビンとレンはその場から飛びたち、参加者たちの頭上を越えて、海面の上空6メートルほどへと移動した。そして互いにある程度の距離を取って向かいあう。


 2人のそばにはセイネが用意した撮影ドローン数機が飛んでおり、各参加者は2人の様子をじかに見るのも、ドローンから送られた間近からの映像を手もとのウィンドウで見るのも自由だ。



 フッ──



 2人の右手の剣が現れた。模擬戦用、などではなく真剣だが、PKプレイヤーキラーが不可能なこのゲームではPCからPCへの攻撃はダメージが発生しないので、あれで斬りあっても問題ない。



『それでは!』


『いくわよ!』



 2人の体がすーっと空中を滑りだし、互いを目がけて前進を始めた。遅い。とても実戦で使える速度ではないが、今は参加者からよく見えるよう、あえてそうしている。



『今っ!』



 2人が 〔その場で剣を伸ばせば相手に届く距離〕 よりわずかに手前まで接近したところで、レンのほうだけ掛け声とともに前進速度を急激に上げた。


 直後、ロビンとレンの体が間近で交差し、同時に振りぬかれたレンの剣が、ロビンの肩を強打する‼



 バチィッ‼


『どわーッ‼』



 ダメージはないはずだが、剣で打たれたロビンは墜落し、海面に水柱を上げた。その様子に、アキラは自分がドッペルゲンガーに同じ技でやられた瞬間を思いだし、恥ずかしくなった。

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