第104話 有名

 セイネによる 〔クロスロード・メカヴァースにおける空中チャンバラの練習環境不足〕 についての問題提起と、その解決に向けて研究会を開こうという提案は、大きな反響を呼んだ。


 彼女はまず、クロスロードのプレイヤーがログイン中のみ閲覧と書きこみができる掲示板に事のあらましを書いた。


 すると賛同者が続出。


 自分も同じ問題を感じていたが1人で抱えこんでいた、あるいは仲間内では話題にしていたが他のコミュニティとまで共有するにいたっていなかった、という者たちが大勢、名乗りでた。


 また、これまでは問題に気づいていなかったがセイネの声明でそれを認識し、研究会の必要性を理解して賛同するという者も多く現れた。


 これぞ知名度のなせるわざ


 動画登録者数500万の超人気Xtuberクロスチューバーであるセイネのファンはクロスロードのプレイヤーにも多いが、この場合ファンかどうかは重要ではない。


 ファンであっても内容が響かなければ食いつかないし、ファンでなくとも内容が響けば食いついてくる。


 自身のファンではない人も含めた多くの人々に情報を届ける発信力が有名人には自然と備わるし、セイネの中の人であるびき あみひこはそれを自覚的に活用する知恵も備えていた。


 また、活動はクロスロード内に限らない。


 アキラもやっている 〔ブルーバード〕 やその他の、複数のSNSでもセイネは同様の情報を発信した。


 むしろ、こちらのほうが本命。


 VRゴーグルをかぶり、ウィズリムの椅子に座ってログインしているあいだしか見れないゲーム内の掲示板より、どこにいても携帯電話スマートフォンを開けば見れるSNSのほうが人目につきやすいから。


 クロスロードのプレイヤーでSNSをしている者は多い。中にはそのSNSでのアイコンとアカウント名を、クロスロードでのアバターの顔とキャラクター名にしている者もいるくらいだ。


 さらに短い動画を作って配信サイトににアップもした。


 こうしたクロスロード外での発信も、あくまでクロスロードプレイヤーに見せるためのものだったが、当然ながらクロスロードを遊んでいない人の目にも留まり……


 興味を持ってクロスロードを新規に始めて研究会にも参加表明する人が少なからず出現したのは嬉しい誤算だったと、セイネ──網彦は小学校の休み時間に語っていた。


 事前に示しあわせたとおり、これら空中チャンバラ研究会の準備を進めるセイネのことを、アキラはネット上では他人のフリをして見守っていた。



(ほんと、すごいや。網彦)



 IQ150とか登録者数500万とか言われてもピンと来ないし、身近な存在なため普段は意識しづらいが、こうして網彦セイネが働きかけることで大勢の人が動く様子を見ていると実感させられる。


 つくづく、自分とは吊りあわない。


 自分には逆立ちしても真似できないことを涼しい顔でこなす親友を羨ましく思わないと言えば嘘になる。普通なら嫉妬心から、なにかバカなことやらかして友情を壊してしまうだろう。


 アキラは自分より優秀な人間とのつきあいはIQが網彦のさらに倍の300あるまきとで慣れているので、まだそうなってはいないが。


 油断は禁物。


 常日頃から気をつけて心がけていないと、思わぬところで失敗する。実際、蒔絵とのつきあいでは数えきれないほどしている。


 それで網彦とつきあう上でアキラが気をつけてきたのは、彼がその優れた知能を活かしてなにか大きな事をする時は、それを遠巻きに見守るだけで関与しない、ということだった。


 自分の知能では網彦を手伝おうにも足手まといになるのがオチだ。それなのに協力者として彼の成果に便乗したくない。そんなことをすれば劣等感と自己嫌悪がとまらなくなるだろう。


 だから。


 これまで網彦の 〔Xtuberセイネ〕 としての活動にはノータッチで来た。いち登録者としてアップされた動画を視聴するだけで、その制作を手伝ったことはない。


 これまで何度か網彦のほうから協力を頼まれたことはあるが、蒔絵との約束でロボットを 〔操る側〕 になるための努力で忙しいからと言って断ってきた。


 それが今回は参加することになってしまった。


 今回のセイネの活動は、自分が 〔操る側〕 になるため現在やっているクロスロードでのプレイヤーの技術向上にかかわることなので、断る理由もない。


 空中チャンバラの技術はアキラ自身、ぜひとも向上させたいと思っているので研究会を開くことには大賛成だし、自分のできる範囲で協力するのも嫌ではない。


 ただ、緊張する。


 セイネのプレイヤーとの関係は隠したまま、いちプレイヤーとして参加するのだとしても、セイネの巻きおこすムーブメントの渦中にいると思うと、自分が邪魔にならないか不安になる。



(しっかりしないと)



 アキラは自分を叱咤した。セイネの活動に関わるのも、研究会で大勢の人と関わるのも気後れするが、そんな理由で逃げだせば網彦セイネを傷つける。なら、そんな選択肢はありえない。


 網彦はかけがえのない、親友なのだから。





 空中チャンバラ研究会の日がやってきた。


 ただ、その正式名称は 〔空中格闘研究会〕 へと変更されている。これまで 〔チャンバラ〕 と呼んでいた部分を 〔格闘〕 に置きかえた形だ。


 チャンバラだと剣同士の戦いに意味が限定されてしまうが、研究内容は 〔自力飛行する同サイズの人型アバター同士の近接戦闘技術〕 であり、そこで使用する武器は剣に限らないし、武器を使わない殴る蹴るなども攻撃手段として想定している。


 それを適切に表現するとなると 〔格闘〕 しかない。


 格闘と言うと武器を使わないイメージがあるが、軍隊などで訓練される 〔近接格闘術〕 は徒手空拳に限らずナイフや銃剣などの武器の扱いも含んでいる。


 ということで、セイネが自身の研究会では 〔チャンバラ〕 ではなく 〔格闘〕 を正式名称と定めた。チャンバラという表現を禁止はしていないが。


 かくして 〔空中格闘研究会〕 となった集まりの、その記念すべき第1回目。日時は土曜のお昼過ぎとなり、平日は仕事があって参加できないアキラの父も無事に参加できることになった。


 場所は、大江戸城。


 このゲームクロスロード・メカヴァースの舞台の内、未来の地球という設定の地上世界アウターワールドの東京で、現実では皇居のある座標に位置する高さ3500メートルの巨城。


 その内部の演習場だった。

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