第151話 因縁

「勝ったァーッ‼」


「負けたァーッ‼」


「さすがアクアマリン‼」


「あーッ、エメ惜しい‼」



 第1試合の結果を受けて湧きあがるすりばち状の観客席スタンド──それに囲まれた中央の試合場フィールドに、異空間で闘っていた両選手が転移して戻ってくる。


 搭乗していたメカはなく、生身のパイロットアバターのみで、向かいあって出現した両者は、全く同時に足を動かした。


 試合を終えた選手は出てきた時と同じ入場口から選手控室へと戻るのみ。それなら互いに背を向けあって門へ向かうはずなのに、2人ともきびすを返さず真っすぐ前へ歩いていく。


 異様な雰囲気に、会場が静まりかえった。



 ザッ、ザッ……ピタッ



 試合場の中央についた2人が立ちどまり、一歩の距離をあけて向かいあった。そしてエメロードのほうから口を開く。



『おめでとう、アクアマリンさん』


『ありがとう、エメロード殿』



 2人の声は決して大きくないものの、試合中と同じく観客席スタンドにも聞こえるよう調整されている。2人の言葉を聞きのがさぬよう、誰もが私語を慎んだ。


 エメロードが肩をすくめる。



『やったと思ったんだけどなぁ。詰めが甘かったわね、わたし』


『いや。小官の最後の攻撃はただの苦しまぎれ、貴殿の位置も分からず闇雲に振りまわしたドリルが偶然ヒットしたまで。貴殿に組みつかれた時点で小官は敗北を覚悟していた』


『それでもあきらめずに粘ったから勝利を掴んだんでしょう?』


『そうとも言えるが、試合に勝って勝負に負けた気分だ』


『胸を張って。貴女あなたは本当に強かった』


『貴殿もだ』


 ガシッ!



 どちらからともなく右手を差しだし、2人は硬く握手した。それから一拍、観客席スタンドから大きな拍手と歓声が沸きおこる。


 ただし、それは主にこの決闘の当事者である空中格闘研究会と空中騎馬戦同好会の者たちを除いた、両者の争いにそれほど関心のない部外者たちからだった。


 反目する両会の者たちは、自分たちの身内同士が勝手に称えあっている様子を簡単には認められずにいた。



「チッ、敵と慣れあいやがって」



 そう口にする者もいるが、そんな者でも今の試合内容と試合後の選手たちの態度が実に感動的であるとは思っていた。敵への反感から、それに迎合できずにいるだけだ。



(会同士もああなれないかな)



 一方、研究会と同好会にも両者の争いを快く思っていない者もおり、彼らはこのムードを歓迎していた。ただ所属する会の多数派の方針に反するその感情を表明するのもはばかられるため、内心でひっそりと喝采を送っていた。





「負けちゃいました! ごめんなさい‼」



 試合場フィールドをあとにして研究会の選手控室に戻ったエメロードは仲間たち──他4名の選手に頭を下げた。



「いい試合だったよ、エメ」


「お母さんカッコよかった!」


「ああ、凄かったじゃねぇか」



 夫のカイル、息子のアキラ、そしてオルオルジフが次々に、慰めではなく称賛を送る。最後にセイネ、〔計画〕 のリーダーが──



「なにも問題ありません」


「そう……?」


「試合内容は一進一退、トータルで見れば互角でした。最後も手に汗握る展開で観客を熱狂させ、その時点でノルマは達成しています。もともと勝敗はどちらでも構わないんですから」


「はぁ~っ。その言葉が聞きたかったの……! わたしもアレで大丈夫なはずとは思ったんだけど、やっぱり負けちゃうとダメだったんじゃってビクビクしちゃって」


「大丈夫ですよ。それに試合後の相手選手との称えあいも完璧でした! まさに計画どおり! お疲れさまです‼」


「いや~、あれは半分以上、アクアマリンさんのお陰ね」



 エメロードは頭をかいた。



「彼女はわたしと違って 〔計画〕 のこと知らないのに、わたしたちの期待どおり動いてくれた。ああいう気質の人で助かったわ。だからわたしも 〔計画〕 だからって芝居くさくならず、本心からああ振るまえたの」


「そうですね。彼女は同好会員の中でも研究会への反感が強いほうらしいんですが、それは研究会員からの向こうへの侮辱が原因で。とてもいい人だってミーシャさんも言ってました」


「元はと言えば悪いのはわたしたち研究会のほうなのよね……」


「その責任を取るためにも、両会のみなさんを和解させるのがこの 〔計画〕 です。滑りだしは理想的な形になりました、このままの調子でいきましょう!」


「ええ! ──お願いね、あなた!」


「ああ、任せて!」



 妻の言葉に応えて、次の試合の選手であるカイルはバシッと己の左掌を右拳で打った。他の面々も、彼に声をかけていく。



「お父さん、がんばってね」


「頼んだぜ」


「よろしくお願いします!」


「息子と妻と仲間たちにいいとこ見せられるようがんばります」



 そこでアナウンスが入った。



『第2試合を始める! 空中格闘研究会・次鋒、カイル選手! 空中騎馬戦同好会・次鋒、バアル選手! 試合場フィールドへ参られよ‼』


「では、いってきます‼」





 試合場フィールドの東西に1人ずつ選手が立つ。


 東に研究会の次鋒、カイル。


 西に同好会の次鋒、バアル。


 両者の姿は、よく似ていた。


 第1試合の選手はどちらも〔ちょうきゅうようさいコスモスの地球連合軍の青い軍服を着た女性〕 だったが、今度はどちらも 〔こうせんフーリガンの地球連合軍の青い軍服を着た男性〕 だ。


 中肉中背の、20代ほどの青年。


 髪型が特徴のない短髪なところまで一致しているが、カイルは

青髪青眼、バアルは金髪碧眼なので、見分けるのには困らない。



『両者、搭乗‼』


「「緊急発進スクランブル‼」」


 ドガガッ‼



 選手2人の呼び声に応え、両者のメカがドーム天井を突きやぶって主のもとへ舞いおりる。そのことに第1試合の時は驚いていた司会のオトヒメは無反応だった。彼女はこれまでの時間で調べて 〔そういうもん〕 だと理解していた。


 カイルの乗機は 〔フーリガン〕。


 バアルの乗機は 〔フール〕。


 どちらも全高20メートルほどで、こうせんフーリガンに登場する 〔MWモバイルウォーリア〕 というカテゴリの有人操縦式人型ロボット。


 そしてフーリガンは他でもない当作の主人公ナラ・ヤマトの乗機であり、フールはそのフーリガンの設計を元に、性能は落ちるものの生産性を高めたという設定の機種だった。


 フーリガンが主役機らしく外見からしてカッコよく強そうなのに対し、劇中でやられ役だったフールはいかにも弱そう。


 そんな両者が今、敵として相まみえていた。

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