第150話 先鋒③

『ハッハッハ! そらそらどうした!』


 バチィッ!



 ガニメデアクアマリン機の前腕ドリルによる突きを、アドニスエメロード機一点斥力場ピンポイントバリアをまとった両手で側面を弾いていなす。


 その際ドリルの回転が伝わって機体がスピンしそうになるのを、アドニスはスピンの方向に対して脚部スラスターを逆噴射させてしのぎつつ、ガニメデから距離を取る。


 先ほどまでダメージは与えられずともアドニスのほうから攻撃し、ガニメデはそれを防御し反撃するのくりかえしだったが、今は流れが変わって攻守が逆転していた。



 その理由は──



 エメロードが作戦を立てるため思考のリソースをそちらに割いているためだった。


 考えごとをしながら攻めてはカウンターを食らいかねない。だが防御は考えてではなく相手の攻撃に反射で対応してするものなので、別のことを考えながらでもできる。


 少なくとも、自分には。


 普通、考えごとをしながらでは危ないのは防御も変わらない。だがエメロードは若いころにゲーマーとして培った経験により、防御なら作戦立案との多重処理マルチタスクが可能になっていた。


 息子のアキラも作戦を考えるのは得意だが、そのためには自身は敵の攻撃が届かない場所にいる必要がある。敵と交戦してしまうと、じっくり作戦を考える余裕がなくなってしまうからだ。


 息子もいずれ自分のように敵との攻防中に作戦を考えられるようになれるよう、母親として手本を見せてあげなくては。



 バチィッ‼


『よく耐える! だが、防戦一方では勝てんぞ‼』


貴女あなたこそ、それじゃいつまでも倒せないわよ?」



 その応答も無意識でこなしつつ、エメロードの脳の大半は彼我の戦力分析とそこから勝ち筋を探す作業に忙殺されていた。



(そもそも不利な条件が多いのよね)



 こちらのVCヴァリアブルクラフト・アドニスは外見からして細身で、変形機構がある分でも強度が低くなっている、華奢な機体。VCとは、そういうものだ。


 対して、あちらのガニメデはCBキャノンベアラー。太身で変形機構もないため、アドニスよりも遥かに頑丈。ボリュームも上で、しかも今は乗っている飛行板フライングボードの質量も加算されている。


 普通にぶつかりあえばアドニスのほうが吹っ飛ばされる道理。そんな相手にアドニスがダメージを与えるには突進の勢いを乗せた攻撃を当てるのが一番。


 それは何度も試したが。


 一度も成功していない。


 突撃は勢いをつけるため相手と離れた位置から加速を始める必要があり、相手に到達するまで時間がかかる。そんな猶予を与えては、この相手は防御態勢を整えてしまう。


 それに、あのドリルが厄介だ。


 ガニメデの両腕の肘から先の、アニメで見るような極端に太い円錐形のドリルは表面積の広さから盾としても優秀だ。しかも接触しただけでスピンを伝えてくるオマケつき。


 いや。


 これまでスピンを食らうだけで済んだのは、あのドリルとはバリアをまとった手でしか接触していないからだ。バリアに守られていない箇所だったら、ドリルの先端でなく側面にふれただけでも大ダメージを負うだろう。


 ゆえに、エメロードが特訓で得意としていた 〔相手の空中騎乗物に上がりこむ戦法〕 は、危なくて使えない。


 また突撃も、ドリルをよけながら攻撃したせいで、せっかくの突進の勢いが削がれてダメージを与えられなかった。


 やはり本体を攻撃するのは無理か。


 なら、狙うは足もとの空中騎乗物。


 ガニメデが乗る飛行板フライングボードのほうを破壊して、自力飛行能力のないガニメデを眼下の海に墜落させることで勝つ。仲間との特訓の時に出たアイデア。



(でも──)


『おっと!』



 飛行板フライングボードを狙うべくアドニスが高度を下げると、ガニメデも即座に高度を下げて、打たせてくれない。警戒されている。


 空中騎乗物に乗って近接攻撃するという空中騎馬戦スタイルにとって空中騎乗物こそが最大の弱点であることなど、空中騎馬戦同好会の人間が知らないはずなかった。



「なら!」


『むっ⁉』


『アドニス、天へと昇っていくーッ⁉』



 実況オトヒメの言うとおり、アドニスは上昇を始めた。背を反らして正面を上方に向け、背中と足裏の計4基のスラスターを総動員してぐんぐんと。


 これは自力飛行できるメカの特権。空中騎乗物は安定性は高いが加速性には欠けるので、ガニメデはこちらを追ってこれない。



「下がダメなら上ってね‼」


『ほう……それでどうする』


「当然、こう!」



 充分な高さに達したら、アドニスは正面を今度は下に向けて降下しだす。重力に引かれて落ちながら、スラスター推力も乗せてさらに加速!


 そして細かく舵を取り、ガニメデの頭上を目指して突撃する! そのスピードは相手と同じ高度を保つために推力を奪われていた横からの突撃とは段違い‼



「ピンポイントバリアパーンチ‼」



 アドニスが進行方向へ突きだした両の拳がバリアに包まれる。これが直撃すれば、いかに頑丈なガニメデでも一撃で葬れる。



『天を突け! 我がドリル‼』



 対してアクアマリンは、ガニメデの右腕のドリルを頭上にかかげた。このままそこに突っこめば、アドニスの拳は弾かれ胴体はドリルに貫かれる。



『そんな大味な攻撃が通じるか!』


「それはこっちの台詞セリフよ!」


 ギュイッ‼



 激突の寸前、アドニスはガニメデへの直撃コースからわずかにそれた。そしてすぐ元のコースに戻るよう軌道修正し──ドリルをよけてガニメデに背中から抱きつく!



『なああああッ⁉』



 瞬間、アドニスにかかっている落下のエネルギーが伝わり、ガニメデも下へと引っぱられる。体勢を崩して飛行板フライングボートから滑りおち、アドニスもろとも落下する!


 エメロードが取った作戦は、得意の上がりこみ戦法の変形だった。普通に上がりこむと敵機を騎乗物から落とす前に自機がドリルの餌食になる。


 なら、一撃で落とすまで。


 水平方向からの突撃だとドリルをさける時に勢いを失ってしまうが、天頂からの突撃なら軌道修正で少し失っても余りある。


 作戦は成功し、ガニメデの墜落は確定した。あとは自機まで一緒に落ちないよう、ガニメデから手を放して上昇するのみ──



『ぬおおおおッ!』


「えっ⁉」


 ギャリッ──ドカァン‼


 ドボンッ──ドカァン‼



 手を放した瞬間、ガニメデが振りまわした腕のドリルに接触し、アドニスは本体HPが0になって爆散。直後にガニメデも海面に叩きつけられ爆散した。



『試合終了ーッ! アクアマリン選手の勝利じゃ‼』

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