第149話 先鋒②

 バチィィィッ‼



 アクアマリン機ガニメデの右腕のドリルは、エメロード機アドニスのコクピットがある胸部を貫く寸前、一点斥力場ピンポイントバリアをまとったアドニスの左の掌にとめられた。



 グリッ──



 すると接触点からドリルの回転力が全身に伝わってきて、アドニスは側転するようにスピンしながら吹っ飛ばされた。それでは停止飛行ホバリングもできず、海面に向かって落下を始める。



「うひゃーっ‼」



 ぐるんぐるん、エメロードの目が回る。


 視界の中で空と海が何度も入れかわる。



『ガニメデのカウンター! アドニス、吹っ飛んだーッ‼』


‼ ワーッ ‼


〝エメーッ!〟



 ハッキリ聞こえたのは司会のオトヒメによる実況と、観客たちの歓声。かすかに聞こえたのは観客席スタンドにいる友人たちが心配してくれた声か。


 この空と海の決闘場は競技場とは異空間にあるが、向こうの音声も届くようになっている。


 応援の声が力になるというタイプの選手にはありがたく、そんなものは集中力を削ぐノイズでしかないと感じる選手にはありがた迷惑な仕様。エメロードは幸い、前者だった。



「声援ありがとーう‼」



 友人の声に気を取りなおしたエメロードは機体のスピンをとめる──のではなく、放置したまま、背中のスラスターを噴射して 〔前進〕 した。


 その直後アドニスの背後、つまり一瞬前までアドニスがいた空間を、飛行板フライングボードに乗るガニメデが猛スピードで通りすぎる。


 通信ごしに、アクアマリンの驚く声がした。



『なんと……!』


『アドニス、よけおった! 体勢を崩しているところを狙ったガニメデからの追撃を、体勢を崩したまま回避ーッ‼』


‼ オォーッ ‼


「ふぅ。あっぶな」



 視界がぐるぐる回っていたエメロードは、ガニメデが追撃するため降下してきている様子は見えていなかったが、当然そうしているだろうと読んではいた。


 自分なら、そうすると。


 だから、まず回避を優先した。もし先にスピンをとめようとしていたらガニメデが狙ってくる位置に停滞することになり、回避が間に合わず今度こそやられていただろう。


 ガニメデをやりすごしたエメロードは改めて自機アドニスのスピンをとめ、初めと同じように相手の側面に回りこむ機動を再開した。


 ガニメデに乗るアクアマリンも先ほどと同様、そんなこちらを追うように飛びながら、例の武人口調で話しかけてくる。



『よもや今のをよけるとは!』


「まー、あれくらいはね~?」


『その前の突きを受けたのもだ! 正直あれに反応されるとは思っていなかった。貴殿の拳を受けた時はヌルいと感じ、イケると思ったのだがな!』


「舐めプしてました。ごめんなさい」


『ハハハハハ! 貴殿が油断しているあいだに仕留めてしまわなくて良かったわ! それで勝っても嬉しくない‼』


「うわぁ……貴女あなた、本当にそういうキャラなのね」


『そういうことだ! では、今度こそ全力で頼むぞ‼』


「言われなくても‼」



 ちょうど距離も詰まってきたところで、エメロードは自機アドニスを急加速させた。先ほどと同じく敵機ガニメデの左側面へと右拳によるピンポイントバリアパンチを、先ほどと違い全速力の突進から見舞う!



 スッ──



 敵機のドリルのついた左腕が動く。前回はこれで自機の拳を受けとめられた。だが今回は違う、先端をこちらに向けて、クロスカウンターで返り討ちにするつもりだ!


 言うまでもなく、敵の攻撃をただ受けとめるより、敵の攻撃を無力化しながら同時に反撃を行うクロスカウンターのほうがシビアなタイミングを要求される。


 こちらのスピードは上がっているのだから、ただ受けるだけでも先ほどより難しくなっているのに、アクアマリンは自らさらに難易度を上げながら、それをキッチリこなしてきた。



「なんの‼」


『ぬぅッ⁉』



 もし自機の右拳が敵機のドリルと接触したら、先ほど以上に体勢を崩されるか──最悪、撃墜される。そう判断したエメロードは拳打をあきらめ、直前で自機の身をひねってドリルをよけ──



 ドガァァッ‼



 その回転の延長で放った回し蹴りが、敵機の背中に直撃した。


 とはいえ敵機の横をすりぬけて背後に回ってからの攻撃だったので、それまでの突進のエネルギーが乗っておらず、与えたダメージは敵機の本体HPをわずかに削っただけだった。



『軽いな!』


「ちぃッ!」



 ──それからも。両者は接近して激突しては離れてをくりかえし、その度に同じような結果になった。


 攻撃を当てているのはエメロード機のほうだが、それはふれたら終わりなアクアマリン機のドリルをよけながらのため力が乗っておらず、大したダメージを与えられていない。


 それは苦しまぎれの無効打を当てているだけで実質的にはアクアマリン機からの攻撃をかわすのに精一杯とも言える。優勢なのはアクアマリンのほうだった。



(マズいわね)



 エメロードは己の過ちを確信した。


 アクアマリンは自分が互角に闘えるサラサラリィよりも弱い。つまり自分はアクアマリンより強い。だから互角の闘いを演じるためには自分のほうが相手に合わせなければいけない。


 そう思い手加減して放った最初のピンポイントパンチは想定を上回る反応速度でしっかり防がれてしまった。それはアクアマリンが思っていたより強かったから──


 では、ない。


 これまでりあってみた感じ、アクアマリンの腕がサラに及ばないというのは間違っていなかった。エメロードが見誤っていたのはアクアマリンのではなく自分の﹅﹅﹅実力だった。


 ギアナ高地での特訓でエメロードは確かにサラとは互角に闘えるようになった。だがそれは実力がついたからだけではなく 〔サラとの闘いに慣れた〕 ことも要因だったのだ。


 だが、アクアマリンとは初対戦。


 その動きに慣れておらず手の内も知らないため、サラと闘う時よりも反応がわずかに遅れてしまう。そのことによる戦いづらさは、アクアマリンのサラとの実力差より大きい……


 つまり。


 エメロードにとってアクアマリンは、サラ以上の難敵だった。手加減するどころか、全力で闘ってなお敗色濃厚に感じる。



(望むところよ!)



 エメロードに──あま どりに火がついた。10代のころ、某アーケードロボットゲームの大会に相棒と2人で優勝した時の熱が蘇る。


 勝ちすぎてはいけないなどと余計なことを考える必要がなくなったのは、むしろありがたい。全力を出しきって──そして、自分が勝つ。

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