第148話 先鋒①

(あの機体は……)



 対戦相手アクアマリンが乗る機体をエメロードは知っていた。自分が乗っているVCヴァリアブルクラフト・アドニスと同じくちょうきゅうようさいコスモスに登場する有人操縦式人型兵器だ。


 全高はこちらアドニスと同じほどの約20メートルだが、元々が薄く平べったい構造をしている戦闘機から人型に変形しているため細身なこちらとは対照的に、ガッシリした体型。


 それは可変戦闘機──空戦用のメカである 〔VCヴァリアブルクラフト〕 とは異なるカテゴリの、〔CBキャノンベアラー〕 と呼ばれる陸戦用のメカ。



(機種は……〔ガニメデ〕ね)



 ひと目で判別できなかったのは本来のガニメデから姿が変わっているからだった。このゲームクロスロード・メカヴァースのカスタム機能によって改造している。


 本来のガニメデは両腕の前腕部がそっくり機関砲になっており、両肩に担ぐように2門の大砲を背負った砲戦特化の機体。


 だがこの決闘の規定レギュレーションでは射撃武器が使用禁止のため、そのままでは使えない。規定に則って改造した結果だろう、前腕部は円錐形のドリルになり、両肩の大砲は外されていた。


 そして全身、水色の塗装。


 アニメでは枯草色カーキだった。


 エメロードが自機アドニスの色を出典元での赤から、自らのアバターの名前の由来の宝石エメラルドの緑に塗りかえているように、アクアマリン選手も宝石アクアマリンと同じ色にしている。


 それが今、出典では乗ることのなかった空中騎乗物、平べったい魚のエイのような形状の機械の上に乗った。1機 乗りの大きさのそれは、コスモスではなくこうせんフーリガンに登場した 〔飛行板フライングボード〕 だ。このゲームならではのコラボと言える。



『両者、用意はよろしいか⁉』


「ええ!」『いつでもどうぞ』



 試合場フィールドの上に浮かぶ立体映像のオトヒメからの声に返事をすると、別の女性の、硬い印象の声が続いた。今のがアクアマリン選手か。仕様で、対戦相手とは通信が繋がっている。



『それでは先鋒戦!』



 オトヒメのそばに銅鑼どらが、その手にばちが出現する。彼女はその桴を思いっきり銅鑼へと叩きつけながら──



『開始じゃ‼』


 ジャーン‼



 瞬間、オトヒメの姿が消失した。いや、彼女だけではない。試合場フィールド観客席スタンドもドーム天井もだ。周囲の一切の景色が切りかわった。


 そこは海の上空だった。


 天に輝く太陽が、淡い青の空と、濃い青の海を照らしている。そこにエメロード機アドニスとアクアマリン機ガニメデだけが放りだされていた。


 この広い空が決闘場。


 そもそも、あの野球場と大差ない試合場フィールドは巨大メカ同士が闘うには狭すぎる。だから選手はあのままあそこで闘いはせず、試合中はこの専用空間に転移させられる。


 そしてこの場での闘いは試合場に現れた立体映像の巨大スクリーンに映されて観客席スタンドの者たちの目に届く仕組みだった。



『ゆくぞ、エメロード‼』


「……えっ、呼び捨て⁉」



 飛行板に乗って真っすぐこちらへ向かってきたアクアマリン機に対し、エメロードは自力飛行する自機アドニスを相手の側面に回りこませるように駆りながら、相手からの通信に戸惑いつつ答えた。



「初対面で失礼じゃない?」


『敬称つきでは戦意がにぶるゆえ、試合中は許されよ‼』


「あ~、まぁ、そういうことなら」


『貴殿のことは以前より知っていた! 凄腕と聞き、手合わせ願いたいと思っていたのだ! その貴殿が怨敵・空中格闘研究会に属してくれたことはまさに僥倖‼ いちプレイヤー同士としてただ決闘デュエルするより血がたぎるというものよ‼』


「涼しげな名前の割に暑っ苦しいわね貴女あなた⁉」



 なお。


 この会話は観客席スタンドや選手控室、そしてこのゲームの内外から中継で見ている人々にも聞かれていた。


 ロボット作品においてロボット同士が戦いながら、そのパイロット同士が言葉を交わすのはお約束であり、この会場で行われる試合ではそれが再現される仕様だからだ。


 もっとも戦いながら小粋なトークをするにも技術を要する。こんなことは初めてのエメロードは全く自信がなかったが、セイネの 〔計画〕 のためにはまず観客を熱くさせる必要があるため、取りあえず喜ばれそうな台詞を言っておくことにした。



「でも、そういうノリ嫌いじゃないわ‼」


『結構! それでは雌雄を決しようか‼』



 話しているあいだにもエメロード機は相手の側面に回りこもうとし、アクアマリン機はそうさせまいと正面をこちらに向けるよう旋回しながら追ってくる。


 そうしながら両機の距離はじりじりと縮まっていく。


 その距離が0になった時、初めの攻防が交わされる。



(そろそろね)



 空中騎馬戦同好会では代表のミーシャ、幹部のサラリィとクライム、この3名が優劣つけがたい同点1位の最強だという。


 他の会員は、この3名より弱い。


 そしてエメロードたち空中格闘研究会の 〔計画〕 メンバーはこの3名の誰と当たっても互角に闘えるようにと、その1人のサラサラリィをコーチに招いて特訓した。


 そしてエメロードは、サラと互角に闘えるようになった。


 なら、選手になっている以上サラたちに次ぐ実力はあろうがサラほどではないアクアマリンと、〔計画〕 どおり互角の闘いを演じるには、エメロードのほうが手加減せなばならない。



(これくらいかな~?)



 距離がそこそこ詰まったところで、エメロードはそれまで中くらいに留めておいた自機のスラスター推力を一気に最大──ではなく、その少し手前に調整しつつ急加速。


 敵機の左側面へと突進、その勢いを乗せて自機の右拳を突きだしながら、音声入力でその拳に搭載されている機能を解放した。



「ピンポイントバリアパーンチ‼」



 エメロード機アドニスの右拳が、小さな斥力場ピンポイントバリアに包まれる。それは人間の手と同様に細かい関節の集まりで華奢で壊れやすい機械の手を保護する機能。


 それはバリアの名のとおり防御のために使える一方で、本来は脆弱な拳を強固な鉄拳へと変える作用もあった。


 その拳でブン殴るのが 〔ピンポイントバリアパンチ〕──出典のコスモスでも使われた必殺技であり、これを突進に乗せて放つのがエメロードの十八番オハコだった。


 まずは、これで相手の力量を見極め──



『甘い‼』

「えっ⁉」


 ギャリリリリッ‼



 エメロード機の右拳はアクアマリン機の左腕ドリルの側面に受けとめられた。しかも高速回転するドリルに接触したことでエメロード機は流され体勢を崩し──



「もらった‼」



 そこへ、アクアマリン機の右腕のドリルが突きだされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る