第147話 入場

『対戦の組みあわせを発表する!』



 会場の様子を映す壁面モニターの中で司会の中華童女姫、Xtuberクロスチューバーオトヒメが宣言する。


 アキラたち、この選手控室にいる5人は発表内容を知ってはいるが、みな吸いよせられるようにモニターを見上げた。



『第1試合! 先鋒戦~~っ、ジャン!』



 オトヒメの掛け声に合わせて、巨大な立体映像で表示された彼女のアバターの前に顔写真つきで、双方のチーム名と選手名を記した文字が浮かびあがる。


 その内容は──



『空中格闘研究会、エメロード選手! 空中騎馬戦同好会、アクアマリン選手!』


「うっひゃ~っ! アバターとはいえ、わたしの顔が見られてる……! これ観客席スタンドにいる人だけじゃなく、世界中で中継が見られてるんでしょ? みんなわたしに魅了されてファンレターが殺到したらどうしよ~♡」


「エメ……」


「お母さん……」



 まんざらでもない様子のエメロードに、アキラはカイルともども呆れた。そうするあいだにも、モニターの向こうでは発表が続いている。



❶先鋒戦

 研究会:エメロード

 同好会:アクアマリン


❷次鋒戦

 研究会:カイル

 同好会:バアル


➌中堅戦

 研究会:オルジフ

 同好会:クライム


➍副将戦

 研究会:アキラ

 同好会:サラリィ


➎大将戦

 研究会:セイネ

 同好会:ミーシャ



『──以上じゃ! では、さっそく第1試合を始めるぞ! 空中格闘研究会・先鋒、エメロード選手! 空中騎馬戦同好会・先鋒、アクアマリン選手! 試合場フィールドへ参られよ‼』


「はーい!」



 挙手しながら控室の出口に向かうエメロードを、夫のカイルと息子のアキラ、それにオルオルジフとセイネが見送る。



「エメ、気をつけて」


「お母さん、がんばって」


「しっかりな」


「健闘を祈ります!」


「ありがとう、みんな。いってきます‼」





 円形の試合場フィールドと、それを囲む階段状の観客席スタンドの、境目の段差。その壁の東西2ヶ所に設けられた入場口の内、東が空中格闘研究会、西が空中騎馬戦同好会の選手控室に通じている。


 東からエメロードが、西からアクアマリンが姿を現し、観客席から大きな歓声が上がった。その中には2人を個人的に応援する声もちらほらと混ざっている。



「エメ~! がんばー!」


「アクア、しっかりー!」



 最近は息子アキラとそのフレンドたちと一緒に遊ぶことが多くなったエメロードだが、このゲームを初めてしばらくはアキラとは別行動で、そのころにできたフレンドも多い。


 彼らは空中格闘戦と空中騎馬戦、研究会と同好会といった対立への関心を超えて、ただ友人としてエメロードを応援してくれていた。対戦相手アクアマリンも、そういう人に恵まれているようだ。


 アクアマリンのアバターは、エメロードとよく似ていた。


 どちらもグラマラスな肢体を 〔ちょうきゅうようさいコスモス〕 の地球連合軍の青い女性士官用軍服に包み、ウェーブがかった長い髪を背中におろしている。


 違いは、エメロードの髪と瞳が鮮やかな緑色──エメラルドグリーンであるのに対し、アクアマリンの髪と瞳は薄い青色──水色である点くらい。


 顔の造形も違うが遠目には分からない。


 エメロードとはフランス語でエメラルドのことで、エメラルドとはベリルという宝石の内で緑色のものを指す。そして水色のベリルは、アクアマリンと呼ぶ。


 両者は姉妹のような関係。


 エメロードもアクアマリン選手も、その名のイメージどおりにアバターを作っていた。だがこのゲームの容姿作成パターンは膨大だ。同じ系統の宝石をモチーフにしたくらいで、別々のプレイヤーの作ったアバターがそうそう似ることはない。


 2人は知りあいでもなんでもなく、示しあわせたわけでもないのに、そのアバターが元ネタの宝石同士のように似るのは奇妙な縁だと、エメロードは感じた。



『両者、搭乗‼』


「「緊急発進スクランブル‼」」



 オトヒメの号令を受け、2人は同時に叫んだ。


 その合言葉は、数多の版権ものロボット作品の機体が集うこのゲームクロスロード・メカヴァースにおいて出典では 〔呼べば来る機能〕 などないメカを、その機能があるメカと同じように扱うため用意された。


 元からその機能のあるメカなら出典どおりの手続きで呼びだし魔法や超科学で時空を超えて駆けつけるが、〔緊急発進スクランブル〕 で呼びだすメカは現実的な手段を取ったふうを装いながら実際にはありえない速度で到着する。



 ドガガッ‼



 天井のドームの2ヶ所に大穴があき、それぞれから全高20メートルほどの巨大人型ロボットが姿を現す。両機はそのまま落下すると、己を呼んだ主人の眼前に着地した。


 すると、天井の穴が塞がる。


 密閉空間に外部からメカを呼びつけるという無理をとおすためやや強引な召喚演出がなされたのだが、このゲームでは珍しくもないので誰も気にしなかった……1名を除いては。



『壊れてすぐ直った⁉ どういうことじゃ‼』



 この決闘の司会をするために急遽このゲームを始めて、まだほとんどなにも知らないだろうオトヒメだけがうろたえている。可哀想だがこちらの声は届かないので、放っておいてエメロードは愛機への搭乗を始めた。



〔アドニス〕



 SFロボットアニメ超弩級要塞コスモスに登場する可変戦闘機〔VCヴァリアブルクラフト〕の一種であり、当作の主人公アネモネの乗機。


 変形機構によって戦闘機そのままの巡航形態と巨大人型ロボットな人型形態と2つの姿を使いわけることができる。



「よっと」



 試合場フィールドの地面にひざまずいた今は人型形態のアドニスの背後に回りこみ、エメロードは機体の背中にあるコクピットハッチから降りてきたワイヤーを伝い、そこまでよじのぼった。


 エメロードは普段、昇降時にはアドニスに巡航形態を取らせることを好んでいるが、今日は違った。そのため少しだけ手間取って、操縦席にもぐりこむ。


 この決闘は研究会の選手は空中格闘戦スタイルで、同好会の選手は空中騎馬戦スタイルで闘うことが定められている。そして空中格闘戦スタイルとは 〔人型アバターが自力飛行して近接武器で戦うもの〕 と定義づけられたため、人型でない巡航形態は禁止とされた。



(変形できれば戦術の幅も広がるんだけどな~)



 規定は規定だ。


 従うしかない。


 エメロードがウィンドウをタッチして一瞬でパイロットスーツに着替え、シートベルトを締めて戦闘準備を整えると、外界を映す壁面モニターの中では、アクアマリンの搭乗機が平べったい乗物──空中騎乗物に乗ったところだった。

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