第152話 次鋒①

 カイルがフーリガンに、バアルがフールのコクピットに入り、操縦席に着座する。背に翼を持ち自力飛行が可能なフーリガンはこれで戦闘準備完了。


 対して。


 翼を持たず自力飛行できないフールはさらに一手間、そばに置かれた空中騎乗物 〔飛行板フライングボード〕 の上に乗って戦闘準備完了。



『待たせたな』



 バアルが先に準備を済ませていたカイルに詫びた。もっとも、その声に謝罪の色はない。むしろ敵意に満ちているようだ。一方、カイルは朗らかに答えた。



「たった数秒だよ」


『その数秒の差を生むのが、飛行能力の有無だ。フールはフーリガンの廉価版という設定だが、飛行能力までなくしてしまっては完全に別物だとは思わんか?』


「なにが言いたいんだい?」


『〔こうせんフーリガン〕 において、本来は宇宙機であるMWモバイルウォーリアに大気圏内飛行能力を持たせることは技術的に困難とされた。ゆえに飛行能力を持つ機体は、それだけ高い技術で作られた高性能機とされる』


「ああ。飛行能力を持つことが一種のステータスになっている。飛行能力のある機体は高性能。そして──」


『飛行能力のない機体は、ある機体より性能が劣る。それがあの作品における法則であることは俺も認める。だが、それはこのゲームにまで適用されはしない。それをこの闘いで証明しよう』


「証明もなにも、このゲームでもフールの性能スペックはフーリガンより低く設定されているはずだけど」


『好都合だ。その差を覆えせば、それだけ他力飛行が自力飛行に、空中騎馬戦が空中格闘戦に勝るという証明になる‼』


「ハッ。ガバガバな理屈だな」



 カイルは鼻で笑った。それまでの穏やかな態度から一転して、挑発的な口調になって。これにバアルがしきばむ。



『なんだと?』


「アンタがそういう論法で事を進めたいってのは分かったよ。こっちにしちゃ、ハンデもらって勝ったって空中格闘戦の優位性の証明にも、オレの強さの証明にもなんなくて面白くないね」


(なんてね)



 本当は、そんな証明にカイルは興味ない。


 だが、選手の強さはともかく空中格闘戦の優位性をこの決闘で証明したいとは、多くの研究会員がまだ思っている。カイルは彼らの代表としてこの場に立っているのだ。


 セイネの 〔計画〕 に則り、試合後にはこのバアル選手とも互いを称えあって観客たちを感動させるつもりだが、やる前から友好的に接しては研究会員から反感を買い、なにをしても響かなくなる恐れがある。


 それに、反目している研究会員と同好会員の心を変えるには、選手も元は反目している状態から闘いを通じて認めあって、その心情の変化を伝染させたほうが効果的だろう。


 だから今は相手にとって憎らしい敵っぽく振るまう。


 そんなこちらの思惑など露知らぬだろうバアルは、素直に不快感をあらわにした。



『もう勝ったつもりか』


たくは聞きあきたっつってんだよ。いーからとっととかかってこい。胸を貸してやる、ありがたく思いな……量産型﹅﹅﹅


『上等だ……ッ! 行くぞ‼』


『行くなボケェ‼』



 司会のオトヒメの絶叫が響き、動きだしかけていたバアル機フールがとまった。これから試合だというのに長話を始めた選手2人をとめずにいたオトヒメだが、勝手に試合を始めることまでは認めなかった。



『試合開始はが鳴ってからじゃ!』


「はい、オトヒメさん」


『チッ。早く鳴らせ』


『おい‼ 審判権限で失格にするぞ‼ ……と言いたいとこじゃが、わらわに審判権限まではないんじゃった。勝敗はAIが判定するから人間の出番ないしのう……』



 嘆くオトヒメのそばにばちが出現する。



『それでは次鋒戦!』



 オトヒメがばちを構えながらそう言うと、カイル──あま せいはウィズリムの操縦桿スティック足踏桿ペダルに力を込め、フーリガンにファイティングポーズを取らせた。


 前方で、バアル機フールも飛行板フライングボードの中の構えを取る。



『開始じゃ‼』


 ジャーン‼



 VRゴーグルを通してカイルの眼に映るフーリガンの立方体コクピットの壁面、全天周囲モニターに映る機外の景色が、ドーム天井に覆われた競技場から白雲の漂う空中に変わった。


 前方には対戦相手のフールの機影。


 共に決闘用空間に転移されたのだ。


 そこは第1試合の空間とは違っていた。


 同じでは観客が飽きるとの配慮だろう。


 日中の空という点は同じだが、第1試合では雲1つない晴天で眼下に海が広がっていたのに対し、今回は両機より遥かに巨大な雲が周囲を漂い、眼下もまた完全に雲で塞がれている──


 雲海。



「いいロケーションだ。それに第1試合と違って雲の中に隠れるって戦術も取れるようになってるんだな」


『そんなつまらん手は使わせんぞ!』


 ゴッ‼



 飛行板フライングボードに乗ったバアル機フールが真っすぐこちら目がけて突っこんできた。その右手には円筒状の柄から光刃を伸ばしたビームサーベル、左手には大型の実体盾。


 MWのごく標準的な装備。


 カイルのフーリガンも武装は全く同じ。ただ、こちらは足裏スラスターの噴射で停止飛行ホバリングするだけで、開始時点から動かずにいた。



『⁉ どういうつもりだ‼』


「言ったろ、胸を貸すって。挑戦を受けるほうはどーんと構えておくもんさ」


『偉そうに……後悔するなよ‼』


 ギュン!



 バアル機がぐんぐんと迫ってくる。盾を前方に構え、剣を脇に構えながら。対してカイルは、フーリガンの盾を持つ左手も、剣を持つ右手も、だらりと垂らした自然体で待ちかまえた。



『食らえ‼』



 敵機が正確にこちらにぶつかるコースで突進してきたので、カイル機はスッと左によけた──ところに、敵機の剣による横薙ぎの斬撃が襲ってくる。カイル機はそれを盾で受け──



 バシッ‼


『なにッ⁉』



 カイル機の盾が吹っ飛ばされる。そのことにバアルが驚いた声を上げたのは、盾だけが飛んでそれをもっていた機体が消えて見えたからか。



 ドシュッ



 カイル機は相手の剣を受ける寸前、盾を投げすてていた。そしてその盾の陰に隠れながら高度を下げつつ、カイル機の乗る飛行板フライングボードを狙って剣を横に突きだしていた。



『うおおおお⁉』



 その光の刃は飛行板フライングボードを斬りさき飛行能力を奪った。空に留まる術を失い、バアル機が落ちていく。


 そして雲海に没して姿が見えなくなると、ブザー音が鳴った。戦場に設定された限界高度を下回ったことで失格となったのだ。



『試合終了ーッ! カイル選手の勝利じゃ‼』

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