第153話 誤算

 カイルの視界が切りかわる。雲海の試合用空間から、元の競技場に戻ってきた。乗っていた愛機フーリガンは消えて試合場フィールドにパイロットアバター1つで立ち、前方には相手選手バアルの姿。 



(どうする⁉)



 カイルの頭脳は試合中を超える速度で回転を始めた。セイネの 〔計画〕 では、これから相手選手と互いの健闘を称えあって観客を感動させなければならない。


 だが。


 今の試合内容で、バアルに褒めるべきところなどあっただろうか。いや、ない。なら嘘でも褒めるしかないが、なんと言えば。



(ナイスファイト? いや、ダメだ!)



 一度目の接触で相手に一撃も加えられず瞬殺された者にそんなことを言っても嫌味にしかならない。超加速した頭で1秒足らずのあいだ熟考し、カイルは考えても無駄だと悟った。


 いつまでも突っ立っていられない。とにかくまずは握手、なにを言うかは即興で決める。そう思い一歩を踏みだ──



「チクショーッ! 覚えてろォ‼」



 カイルが歩み寄ろうとした瞬間、バアルは背を向けて走りだし、あちらの選手控室に続く西の入場口へと消えてしまった。



「あっ……!」


『ぶはははは! バアルめ、なんてザマじゃ! 〔覚えてろ〕 なんて捨て台詞を本当に口にする奴、わらわ 初めて見たわ‼』



 オトヒメの遠慮なき嘲笑。


 試合前、バアルに悪態をつかれたことを根に持っていたらしい。彼女の言葉に触発されたように、観客席スタンドも騒然となった。



「うおーッ! いいぞカイルーッ‼」


「なにをやってんだ、バアルーッ‼」


「やっぱ同好会はダメだな! 性根からして腐ってやがる‼」


「黙れ! あんな面汚しを我々の全てと思うな! 相手の失態に狂喜するとは、研究会の品性下劣なことよ‼」


「なんだと‼」


「なにを‼」



 空中格闘研究会と空中騎馬戦同好会の会員たちは初め自らの選手に声を送っていたのが、すぐ互いへの罵りあいに変わった。


 試合を通して両者の仲を修繕する 〔計画〕 なのに、まるで逆の結果になってしまった。


 試合に勝ったにもかかわらず、カイルは重い気持ちで試合場フィールドをあとにした。





「申しわけない!」



 空中格闘研究会の選手控室に戻ったカイルは開口一番、仲間たちに謝罪した。妻のエメロードも第1試合を終えたあとに謝っていたが、事情はまるで違う。


 彼女は試合には負けたが、観客たちを試合中は接戦で熱くさせ試合後は相手と認めあうことで感動させるという 〔計画〕 上のノルマは完璧にこなした。


 自分はその逆。


 試合には勝ったが、瞬殺してしまって少しも接戦ではなかったし、相手が帰ってしまって認めあいもできず、観客たちのムードを悪化させてしまった。


 本当にマズいのは妻ではなくこちら。



「あ、アナタ……っ」

「お父さんっ……!」



 エメロード息子アキラは責めてはこないが、フォローの言葉が思いつかないようでオロオロしていた。また、オルオルジフも気まずそうに言葉を濁らせる。



「いや、スゲェ活躍だったとは思うぜ……」


「オルさん……」


「ただ、やっぱマヂぃよな、〔計画〕 の上では」


「ううっ、ですよね……」


「いえっ、大丈夫です‼」



 みなが暗く沈む中、〔計画〕 を発案した当のセイネが明るくそう言いきった。カイルは怪訝に思い、聞きかえした。



「大丈夫?」


「この決闘はどちらかが勝ちすぎてはいけない。それは毎回の試合内容もですが、勝ち星の数にも言えることです。2戦目でちょうど1勝1敗のイーブンにした、それも充分な成果です!」


「そ、そういうものかい……?」


「ええ。圧勝してしまったことも観客の反応も、気にすることはありません。初めから5戦全てこちらに都合良く運ぶとは思っていませんから、これくらい折りこみ済みです」


「そう……」



 セイネの中の人プレイヤー息子アキラの友達のびき あみひこ 少年。息子と同い年の子供にフォローをさせてしまったようで情けないが、正直──



「そう言ってもらえると助かるよ」


「アナタ〜っ!」「よかったね!」



 弾かれたように寄ってきた妻子にカイルは微笑みかけた。



「うん。ほっとしたよ」


「計画に支障がないならもう遠慮することないわね! さっきのアナタ、超カッコよかったわ‼」


「はは、ありがとう」


「ボク、お父さんがあんな話しかたするの初めて聞いてドキドキしたよ。ワイルド系の主人公みたいでカッコよかった‼」


「そう? よかった。感じ悪いって思われないか心配だったんだ。若いころは素であんな感じだったんだよね」


「そうなの⁉」


「そうよ〜? 母さんと出会ったころはああだったわ。懐かしき青春の日々ね……」


「へぇ〜っ」



 そうした家族の話が一段落したころ。


 オルも会話に加わってきた。



「オレも素直に褒めていいと分かって安心したぜ。ホントに、ありゃあ見事だったな。自分は動かずに敵が飛んでくるの待ったのは、なんか意図があったのか?」


「はい。正面からぶつかるにしても側面や後方に回りこむにしても、双方が移動してるとそのスピードの分だけ位置の把握が大変になるので、だったら自分は動かないでいたほうが相手の動きをじっくり見れていいかなと思いまして」


「ほぉ、なかなか策士だな。胸を貸してやるとか言っておいて。相手はお前さんがンなこと考えてるとも思わずに馬鹿正直に突っこんでったわけか」


「ええ。で、ぼくは目論見どおり相手をよく見て対応したわけですが……それで勝負が決まるとは思ってませんでした」


「そうだったのか?」


「ぼくだって接戦するつもりだったんですよ。第1試合を見て、同好会のトップ3以外の2人も侮れないと分かったので、全力で勝ちにいくつもりで闘えば互角になるかなと」



 そこでセイネが口を挟んだ。



「ミーシャさんから聞いたところでは、バアルさんも三下っぽいのは性格だけで実力はアクアマリンさんと同等とのことです。なら、カイルさんがご自分で思っていらっしゃる以上にお強かったということですね」


「さすがアナタ!」「すごいや!」


「ありがとう。でも実力を見誤ったことに変わりはないから、そこは反省しないとね」


「はは、そりゃ誤算だったな! ──と、オレも人のこと言ってる場合じゃねーな。そろそろか」



『第3試合を始める! 空中格闘研究会・次鋒、オルジフ選手! 空中騎馬戦同好会・次鋒、クライム選手! 試合場フィールドへ参られよ‼』



「じゃ、ちょっくらいってくらぁ!」


「「「「いってらっしゃい!!」」」」

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