第60話 未来

 VRMMO 〔クロスロード・メカヴァース〕 の舞台として電脳空間に再現された実寸大の地球、その外側の 〔地上世界アウターワールド〕。


 このゲームに参戦している年代設定や技術レベルがバラバラな各SF系ロボット作品における地球の設定を継ぎはぎした、具体的に何年後は決まっていない 〔未来の地球〕 の想像図。


 その地形は今の地球と変わらないが、建築物は今と変わらない所もあれば、今あるものが取り壊されて新築された所もある。


 未来の技術で。


 そのため、この世界の羽田空港から飛びたった 〔空飛ぶ車スカイカー〕 のタクシーが北上した先、東京中心部の姿はアキラが住んでいる現実世界の東京とは、まるで違っていた。



「でっか⁉」



 この一帯には現実でも摩天楼──超高層ビルが林立しているが、アキラから車窓越しに見えるビルたちは、それらより明らかに大きかった。


 夜の暗がりの中でもハッキリと分かる。無数の窓明かりをまとった威容の上背が、超高層ビルを見慣れたアキラの目から見ても尋常ではない。



「これ、何メートルあるの?」


「千から2千メートルだね」



 後部座席にいるアキラの前、運転席の父が答えてくれた。



「せん……もうキロだね」


「超高層ビルの定義が高さ100メートル以上で、現実の東京には100メートル台も200メートル台もたくさんある。単純にそれらが10倍になってると思えばいいよ」


「10倍」


「材料に 〔ナノマテリアル〕 っていう軽くて強靭な素材を使ってて、それだと従来型の素材より重量を10分の1にできるから、10倍の高さのビルが建てられるんだ」


「へ~」


「ちなみにナノマテリアルは創作の世界にしか存在しない架空の物質じゃないよ。実在するし、もう使われはじめてる」


「そうなの⁉」



 てっきり〇〇粒子や□□合金といったSFにありがちな都合のいい架空存在かと思った。あとでネットで検索してみよう。



「さすがね、あなた♡」


「はは。けんとして、これくらいはね」



 助手席の母に褒められ、はにかむ父。父がこの件に詳しいのは、これまでの解説のようにこのゲームについて調べてきたからだけではなく、仕事の建設業で得た元からの知識もあるようだ。


 アキラは気になったことを聞いてみた。



「ねぇ、お父さん。実在するナノマテリアルを使えば、こんな大きなビルが建つってことは、将来この景色は現実になるの?」


「きっとね」


「すごい!」


「ナノマテリアルでビルを建てること自体は技術的にはもう可能なんだ。ただビルを建てるには他にもクリアしないといけない問題があるから今はまだだけど。いずれそうなっていくと思うよ」


「わぁ……!」



 アキラは全身に鳥肌が立った。


 SF──空想科学サイエンスフィクションで 〔今より科学が進んだ未来でなら実現しているだろう〕 と人々が夢想したものが実際の科学の進歩によって実現される、歴史的瞬間を目撃しているのだという感動。


 このスカイカーに乗った瞬間も感じた。


 そして1ヶ月と少し前にも感じている。


 SVスレイヴィークルが発表された時だ。


 史上初の実用的な﹅﹅﹅﹅有人操縦式人型ロボットSVが完成するまで、この手のロボットはSFの中だけの存在だった。


 世界が震撼したあの日まで、その実現を望む多くのロボットファンのあいだでさえ 〔いつまでも実現しないだろう〕 という悲観的なムードが色濃かった。


 それは、アキラも。


 いつかはまきが作ってくれるとは思っていたが、それがいつになるかは分からず……そんなことを考えるのは蒔絵を信じていないようで嫌だったが。


 それで、つい 〔アタルのようにロボのある異世界に転移すればロボに乗れる〕 などと考えて、蒔絵にバレて怒られもした。



 SVの登場が、そんな不安に怯える世界を終わらせた。



 アキラとしてはSVの開発者に先を越されてしまった蒔絵の手前、手放しでは喜べないことではあったが、世界中で熱狂する人々と 〔歴史が動いた〕 という興奮は共有していた。


 同じ変革が、建設の分野でも起こる。なんていい時代に生まれたんだろう……アキラは窓外に広がる、やがてそうなるだろう未来の東京の姿に目を輝かせた。


 1キロメートル台。

 2キロメートル台。


 アキラたちの乗るスカイカーのタクシーは、そんな超々高層ビルたちの合間を縫って飛行していく。周りにも、同様のスカイカーが数多く飛びかっている。その内の1台が──



「え⁉」



 こちらの進路上に突っこんでくる。まさか、と思った時にはもう、すぐそこまで迫っていた。このままでは衝突は不可避──



 ピタッ



 と思ったが、向こうが寸前でとまった。そのまま、わずかな車間距離をあけて並走することになり。アキラのいる後部座席の真横に向こうの運転席が位置して、そこに座る人物が見えた。


 その車は屋根のないオープンカーで、頭上に【PCプレイヤーキャラクター】のマークのある運転手の女性らしきアバターが、長い金髪を風にたなびかせている。


 しかも、その金髪は前髪以外がくるくると螺旋状に巻いてある。縦ロールだ。フィクションでよくお嬢様がしている髪型!



〝驚かせてしまい申しわけありませんわ~っ!〟



 お嬢様がチラッとこちらを一瞥したかと思うと、口をぱくぱくさせた。こちらの車の窓越しのため聞きとりづらかったが、ニアミスを謝ってくれたらしい。そして離れて去っていく。



「なんだったの……?」


「あのPCピーシーはスカイカーを自分で運転してたのさ」


「母さんたちも試してみたけど、難しいのよね~」


「のんきだね……事故るとこだったのに。まぁぶつかってもPCピーシー間での攻撃は無効だから死にはしなかったろうけど」


「いや、ぶつかる可能性はなかったよ」



 なぜか父は断言した。



「へっ?」


「このゲームのスカイカーはみんな衝突回避プログラムを搭載してるから。人が運転してる場合でも事故の危険が発生した場合はAIによる自動運転に切りかわって衝突を防いでくれるんだ」


「……今の人、自分でとまったわけじゃないんだ」


「ははは、そういうこと。現実でスカイカーが普及するためにも衝突回避プログラムは必須だろうね。でないと墜落事故だらけで地上が大惨事さ」


「でもまぁ、それで防げるなら安心だね」


「そうだね」「そうね~」



 などと話している内に、視界が開けた──いや、塞がれた。超々高層ビルの密林を抜けた先には、それよりもさらに高い、一面の壁が広がっていた。

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