第59話 自凝

「では、自分はこれで失礼します」


「はい、クライムさん」


「「またお会いしましょう」」


「はい、また」



 アキラ、そしてカイルエメロードもクライムとフレンド登録を済ませたところで今日のところは別れることになり、彼はパーティーを抜けて格納庫から姿を消した。


 それからアキラと両親の3人はいったんログアウトしてリアルの自宅で昼食を済ませてから再ログインして、当初の予定どおりこの巨大人工浮島メガフロート 〔オノゴロ〕 内を観光した。


 メガフロートとは巨大な船のようなもの。


 水に浮く容器である点では船と変わらない。島と呼べるほど大きく、また移動を目的としたものではない点で区別できる。


 オノゴロは軌道エレベーター 〔アメノミハシラ〕 の地球側ターミナルとして造られたため、駅舎の周りにはここと地球上の他の土地を往来するための空港しかないように、外からは見える。


 だが、それが全てではない。


 メガフロートの内部は空洞になっている。豪華客船でも船内の広場が小さな町のようになっている例があるが、オノゴロ内には正真正銘の都市が広がっていた。


 役所、ホテル、浴場、プール、商店、カジノ、水族館、美術館、映画館、舞台、競技場……オノゴロの出典のこうせんフーリガンでは設定はあっても劇中で全ては描かれなかった施設が再現されている。


 競技場ではメカ同士の模擬戦が見れた。


 ここではフーリガンのMWモバイルウォーリアに限らずこのゲームクロスロード・メカヴァースに参戦している各作品の登場メカ、そしてフィクションではなく現実世界から参戦しているSVスレイヴィークルの勇姿も見られる。


 アキラたちPCプレイヤーキャラクターは観戦するだけでなく、自らのメカに乗って選手として出場も可能だが、それはまたの機会にして町の外れに向かった。


 人工の崖になっているメガフロートの側面、そこには水上船のための海港がある。停泊しているのは近くの島と往来するフェリーなどの民間船と──


 フーリガンに登場した地球連合軍の水上艦。


 デザインは現代のものとあまり変わらないが、荷電粒子砲のように実在しないSF兵器も搭載している。艦内には入らず外から見ただけだが、アキラは充分に興奮した。


 この海港にも、そして上の空港にも、民用と軍用の両方の区画が存在する。空港内にあった傭兵ギルドは軍用区画の一部を間借りしている設定だ。


 ──これで、ひととおり。


 ザッと回ったところで夕方となり、ログアウトして夕食に。食後、再々ログインした3人は傭兵ギルドに戻り、その宿舎に借りた一室で今後の予定を話しあうことにした。


 かつて親子3人で旅行中に泊まったホテルのような大部屋で、各自1つのベッドに座る。窓の外はログイン前に見た現実の空と同じく夜になっていた。



「あれ、そういえば」


「どうしたんだい?」


「なぁに、アキラ?」


「このゲーム内の時刻は現実のとリンクしてるって話だったけど、時刻って場所によって違うよね。時差とかないのかな」


「普通にあるよ」「だって!」



 即答した父に、知らなかったらしい母が追従した。



「このゲーム内のどの場所も、現実世界における同一地点と同じ時刻になっている。だからゲーム内の東経135度にあるこのオノゴロでの時刻は、現実の地球の東経135度ライン上と同じさ」


「東経135度……あれ? 確か、ひょうけん明石あかしを通る……日本標準時子午線の経度と、同じ?」


「正解!」


「アキラ、すごいわ!」



 小学校の社会科で習った内容だった。


 危なかったが思いだせてホッとした。



「そっか、ここ日本の真南なんだ。なら時刻は変わらないよね。リアルのボクたちがいる東京は兵庫より東にあるから、正確にはここはちょっとだけ遅れてる──で、合ってる?」


「合ってるよ」


「すごいすごい!」



 このことに今まで気づかなかったのは、地下世界インナーワールドにおいてここの真下にある世界樹だけでなく、その前にいた 〔始まりの町〕 も東経135度からあまり東西には離れていなかったからなのだろう。


 その始まりの町が地下世界インナーワールドのどの辺りかもアキラは知らない。初めて訪れた時の感動を損なわないよう地理は調べない主義だったが、すでに訪れた場所については調べてみようかと思った。



「あ、ゴメン! いきなり脱線して」


「いーのいーの。それよりアキラはどこで遊びたい?」


「なんなら地球上に限らず、軌道エレベーターで宇宙に上がってもいいし。スペースコロニーにも月にも火星にも行けるわよ」


「選択肢が多くて悩むね……あ、でも宇宙は今はいいよ。お父さんとお母さんは宇宙から降りてきたばっかだし。一緒に地球で遊ぼう?」


「そう? ありがとう」


「優しい息子を持って母さん幸せだわ~」


「えへへ……それで、東京とかどうかな」



「「東京?」」



「行ってみたい所はたくさんあるけど、まず行くならそこかなって。他の場所と違ってリアルの街並みとどう違うか分かるでしょ? 家の近所とか都心とか」


「なるほど、いいね!」


「決まりね! ここから飛行機で東京まで飛んで、そこの傭兵ギルドを本拠ホームにして。町を見て回ったら、ギルドでなにか任務ミッションを受けて戦いましょ」


「うん!」



 方針が決まり、3人はオノゴロの空港から、この世界の日本の東京国際空港こと羽田空港 行きの便に乗り、時短モードを発動してすぐに到着。


 降りてしばらくは現実の羽田空港と違いはないように思えたが、タクシー乗り場まで来たところで大きな違いを目の当たりにした。



「これ、空飛ぶ車⁉」


「そっか、アキラは初めてか」


「母さんたちは宇宙で乗ったわ」



 そこで発着するタクシーたちは、自動車の車輪がプロペラに置きかわった形状のヘリコプター 〔スカイカー〕 だった。


 元はSFで空想され、今では現実世界でも作られてはいるが、普及しているとは言えない。少なくともアキラは町中で飛んでいるのを見たことはない。


 そんなスカイカーの運転席﹅﹅﹅に父、助手席に母、後部座席にアキラが座った。父がこのタクシーの姿なき運転手である車載AIに行先を告げると、プロペラ音がして車体が浮かびあがる。



「おお……!」



 午前中に有翼馬ペガサスが曳く空飛ぶ馬車にも乗ったアキラだが、ファンタジーなあれとは違った感動があった。


 スカイカーは科学の産物で、実現している。そのため 〔車は飛ばない〕 という自身の古い常識が覆され、時代が未来に進んでいるのが実感でき、ワクワクした。

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