第58話 配当

 このゲームクロスロード・メカヴァース内でのメールやチャットでのやりとりでは発信者のアイコンとして、そのアバターの顔をアップにしたスクリーンショットが用いられる。


 今、アキラに届いたメールの差出人のアイコンは、その名前と同じく見覚えのない、短い黒髪で精悍な顔立ちの、大人の男性のものだった。



【クライム】

〖アキラ様。突然のメッセージ、失礼します。


 今しがたオノゴロで行われた突発的戦闘イベントで、私の乗る 〔アヴァント〕 を日蜥蜴の攻撃からかばってくれた 〔翠王丸〕 のパイロットは、あなたでしょうか。


 その時は 〔カワセミ〕 と名乗っておられましたが、機体頭上に表示された名前は 〔アキラ〕 でしたので、PC名アキラで検索したところ、翠王丸とともに入手できるアタルの服を着ているのがあなただけだったので、こうしてご連絡させていただきました。


 もし間違っていなければ、先ほどのお礼をさせていただきたいので、ご返信いただけると幸いです〗



(あの人だ!)



 戦闘が終わり、この格納庫へ転送される直前まで一緒にいたSVスレイヴィークルアヴァントに乗っていたPCプレイヤーキャラクターに間違いない。


 あの時はお互いメカに乗っていたのでパイロットの姿は分からなかったが、こんな顔をしていたのか。優しげだが力強く、あの射撃に長けた熟練の兵士のような印象と合っている。


 そして、名はクライム。


 PCの頭上には常にその名を記したアイコンが表示されているし、PCがメカに乗っている時はそのメカの頭上に機体名とPC名が併記される。


 こちらは戦闘中にそれを見ている余裕がなかったが、向こうにはあったということ──やはり、すごい人だ。



「お父さーん! お母さーん!」


「はーい!」「どうしたのー?」



 アキラは両親に事情を話した。このあと観光に行く予定だったが、戦闘中に助けてくれた人と会いたいから先にそうしてもいいかと。両親が快諾してくれたので、アキラは返事を書いた。



【アキラ】

〖クライム様。ご連絡ありがとうございます。


 私が、あなたに助けていただいたカワセミで間違いありません。あの時はテンパっていて、妙な名乗りをしてしまい、すみませんでした。


 是非、直接 会ってお話したいのですが、よろしいでしょうか〗



 しばらくすると返信が来て。


 さらに何度かやりとりして。


 両親とも相談し、最終的にはクライムに、自分と両親の3人で組んでいるこのパーティーに加入してもらうことで、この格納庫で会うことになった。


 パーティーリーダーの父がメニューウィンドウで自らのパーティーにクライムを招待する操作をし、向こうで承諾の操作がされれば──



 パッ



 アキラと両親の前に突然、クライムが現れた。


 この同じ場所に無限に重なって存在するPC用格納庫は、利用するPCがパーティーに所属していなければ1名で1個を使い、所属していればそのメンバーで1個を共有する。


 クライムはこれまで自分たちとは別の格納庫にいたのが、パーティーに加入したことで双方の格納庫が統合された。だから先ほどまでなかったクライムの乗機アヴァントも出現している。


 クライムの姿はアイコンで見たとおりの顔と、服装は兵士が野戦などで着る迷彩服だった。やはりイメージに合っている。


 アキラは彼のそばに駆けよった。



「クライムさん!」


「やぁ! この姿では初めまして。クライムです」


「初めまして、アキラです!」


「さっそく話したいが、少し待ってくれるかい?」


「はい!」



 クライムは両親に向きなおり、頭を下げた。



「初めまして、クライムです。この度はパーティーにお招きいただき、ありがとうございます」


「初めまして。アキラの父のカイルです」


「初めまして。アキラの母のエメロードです」



 これまでのメールで、アキラが2人と 〔このゲーム内で〕 親子関係にあるとはクライムに伝えているが 〔現実で〕 どうなのかは伝えていない。クライムも、そこを聞いてはこなかった。



「この度は息子がお世話になりました」


「わたしたちからもお礼をさせてください」


「いえ、そんな! お世話になったのは自分のほうでして」



 クライムの一人称は 〔自分〕 らしい。



「そうですか。いえ、あまり手前どもが時間を取っても申しわけない。どうぞアキラと話してください」


「わたしたちは控えておりますので」


「ありがとうございます」



 クライムはこちらに向きなおった。



「あの時はお礼を言いそびれ、悪いことをした。君がかばってくれなければ自分はやられていた。助かったよ、ありがとう」


「どういたしまして! でも、恩返しをしたまでですから。ボクの機体を捕まえていた日蜥蜴ソルマンダーたちをクライムさんが倒してくれなかったら、ボクはあそこでやられてました。こちらこそ、ありがとうございます」


「そうだな。そこまでは、おあいこだ。だが、それ以降は違う」


「えっ……?」


「最初にかばってくれたあとも、君は自分のそばに留まって盾になってくれた。それで自分は安全に奴等を駆逐できた。あれは我々の共同作業だ」


「はぁ」


「だがエネミーを倒して得られる戦利品は、トドメを刺したPCピーシーのみが得られる。自分はあれで日蜥蜴ソルマンダーから採れる素材を大量に入手したが、君はなにも得ていないはずだ」


「ええ、まぁ、はい」


「このままでは不公平だ。半分、受けとってくれ」


「ええっ⁉」



 アキラはクライムがこのためにコンタクトを取ってきたのだと理解した。なんて義理堅い人なんだろう。



「そんな、悪いですよ!」


「いや、悪いのはこちらだ。独り占めなどさせないでくれ」


「アキラ、せっかくのご厚意を断るのも悪いよ」


「そうね。ありがたく、いただくといいわ」


「そ、そっか」



 両親にも言われ、アキラは承諾した。クライムがメニューウィンドウを開き、あの時の戦利品の半分をこちらに譲渡してくる。アキラは合意の操作をして、それらを受けとった。



「わざわざ、ありがとうございます」


「なに。それよりカワセミくん──あ、いや。失礼、心の中でそう呼んでいたもので」


「あっ、よければ 〔カワセミ〕 と呼んでください。とっさに出た言葉ですが、ボクたちのあいだでだけ通じる呼びかたっていうのも、いいなって思うんです」


「そうか……それは嬉しいね。では、カワセミくん。自分とフレンド登録してくれないか? また君と、力を合わせて戦いたい」


「はい! 喜んで‼」

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