第61話 巨城

 現実味のない光景だった。


 1キロメートル台、2キロメートル台の超々高層ビルの群でも充分に圧倒されていたのに、その中で最も高いビルさえわずかに超える高さの人工物。


 その壁が左右にず~っと続いている。


 無機質で平坦な壁面は、アキラが現実世界で両親との家族旅行で見たダムを思わせるが、それとはスケールが桁違いに大きい。


 もちろん世界樹と比べれば大したことはないのだが、あちらの地下世界インナーワールドは物理法則の通じないファンタジー世界、不思議なことは当たり前。


 だが、こちらの地上世界アウターワールドは物理法則に縛られた現実世界の延長線上。そこにある事物も現実での常識で計ってしまう。その常識を簡単に超えられた衝撃は、世界樹から受けたものに劣らない。



「お父さん、これは⁉」


おおじょう。イカロス軍の基地さ」


「おおえどj…………イカロス⁉」


「ああ、言ってなかったっけ。このゲームでの日本は東がイカロス、西が地球連合って、両陣営の支配領域に分断されてるんだ」


「フーリガンの時から?」



 このゲームクロスロード・メカヴァースにおける地球上の勢力分布は、イカロス王国と地球連合の出典であるこうせんフーリガンでの物語開始時のものを元にしていると父は昼間に語った。


 なら──



「そうだったよ。アニメ本編に映った勢力図でもちゃんと日本は東西に分かれてた。けど日本の土地がじかに映ったことはないから、知らなくても無理ないさ」


「そうだったんだ……じゃあ羽田に降りた時からもうイカロス領だったんだね。地球連合領のオノゴロから普通に来れたけど」


「敵国なのにね。そこを厳密にするとプレイヤーが不便だから」


「だね」



 リアリティ、ユーザビリティ。


 なかなか両立するのは難しい。



「それにしても、こんなバカでかい建物を新しく作るとなると、町ごとげしてるよね。消されちゃったのは、どの辺り?」


こうきょだよ」


「こう……そっか、ここ皇居か!」



 皇居──国王や皇帝の日本版 〔てんのう〕 とその一族が住まう地。


 周囲には現代的な高いビル群がそびえるが、敷地内は伝統的で低いが厳かな建物と木々ばかりで、そこだけ別世界の趣がある。


 アキラも中に入ったことはないが、隣接する公園内にある科学技術館にはまきと互いの両親と一緒に行ったことがある。



「皇居を? 潰しちゃったの?」



 眼前の巨大な壁は、どうやら現実での皇居の敷地をぐるっと囲むように建っているらしい。その内側がどうなっているか、壁の外側を飛んでいるスカイカーからは見えないが──


 運転席の父が苦笑した。



「まさか。そんなことしたら多方面から怒られる。でもVR内に皇居を再現しちゃうのも、それはそれで怒られる。だから隠してるんだ。横からだけじゃなく、上からも蓋をして」


「上からも⁉」


「この建物は高さ3500メートルで、各階500メートルの7階建てになってる。1階は立入禁止で、そこに皇居があるって設定だよ。実際にはなにもないだろうけど」


「天井が500メートルってのも、すごいね……あれ、でもこんな印象的な建物、他のクロスロード参戦作品に出てきたっけ?」


「ううん。超々高層ビルのある東京はちょうきゅうようさいコスモスでえがかれたけど、皇居がどうなってるかなんて設定はコスモスにも他の作品にもないし。だからこれは、このゲームのオリジナルだね」


「はは、なるほど」


「あっ、ついたみたいよ」



 助手席の母が指差した前方を見ると、壁の中ほどにぽっかりと四角い穴があいていた。他のスカイカーたちが出入りにしていて、アキラたちの乗る車もそこへ入っていった。


 そして……着地。


 車が停まって自動でドアが開く。アキラたちが降車すると、また自動でドアを閉め、スカイカータクシーは再び浮上して去っていった。ここは客を降ろす所で、乗せる所に移動したのだろう。



「は~、楽しかった!」


「時短モード使う暇なかったわね」


「あっ、ホントだ!」



 母に言われて気づいた。いつも公共の乗物では超倍速の時短モードを使って移動時間を短縮するのに、今回は未来の東京の夜景の中を飛ぶのと会話に夢中になって、その機能を忘れていた。



「さ、行こう」


「「は~い」」



 父に先導されて歩きだす。スカイカーがぶつからないように余裕を持たせているのだろう、天井がかなり高いこと以外は現実のデパートの地下駐車場のような雰囲気の空間。


 その壁際の歩道を少し歩くと、エレベーターがあった。表記を見るに、ここは2階らしい。皇居のある1階はこの下か……父が壁の△ボタンを押すとドアが開き、3人でゴンドラに乗りこむ。



「お~」



 アキラは側面が透明になっているゴンドラの奥に張りついた。その向こうには広大な空間が広がっている。


 周りは、外から見た巨大な外壁の内側か。中に間仕切りの壁はないようで、天井を支えている何本かの巨大な柱の他には視界をさえぎるものがない。



 ウィーン……



 上昇を始めたゴンドラから見下ろす。


 その床面には大量の水が張られ、所々に島や砂浜が見える。プールというより人工的に再現した海のようだ。


 一瞬レジャー施設かと思ったが、違った。海や砂浜の上をホバー移動しているメカ同士が銃火器を撃ちあっている。アキラは父のほうを振りかえった。



「演習場?」


「そう。元は地球連合軍が作って、今はイカロス王国軍が占領して使ってる、って設定の。もちろん、ぼくら傭兵も使えるよ」


「やっぱり!」


「ねぇ、今度は時短モードにする?」



 母が聞いてきた。



「ゆっくり見たいなら、このままでいいけど」


「あっ、ううん。ボクはいいよ」


「ぼくも。じゃあ短縮しちゃおっか」



 父が操作して、ゆっくりだったゴンドラの速度が上がった。500メートルを一気に昇り──3階に入ると、今度は一面の草地が広がった。川も流れている。


 4階、砂漠。

 5階、森。

 6階、雪山。

 7階、市街地。


 そして、屋上に到着。ゴンドラから降りると頭上には天井があった。ただ高さは500メートルでなく普通の建物の1階分ほど。アキラは父に聞いた。



「ここ、屋上じゃないの?」


「〔屋上区画〕 って扱いなんだって。このすぐ上が飛行場で、飛行機の邪魔にならないよう通路がその下に通ってるんだよ」


「さ、行きましょう?」



 そして3人は眼前にあった、ずっと真っすぐ伸びる動く歩道、水平型エスカレーターに乗った。

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