第140話 基礎

「やっぱり、そうだったんですね」



 VRMMO 〔クロスロード・メカヴァース〕 内における日本刀での闘いでアルアルフレートに劣らない動きを見せたサラサラリィは、アルと同じくプレイヤーが現実リアルで古流剣術を学んでいた……それは分かる。


 アキラが分からなかったのは──



「でも、なんで以前は刀を使わなかったんですか? 生身でも、メカでも。一緒に蓬莱山ほうらいさんで冒険した時、刀を使ったほうが有利だったんじゃ」


「あぁー、それは話すと長くなるんだけど……」


「あっ、もし言いたくないようなことでしたら」


「ううん。ただマジで長話になっちゃうから、もうすぐ特訓が始まるって今に話してる時間ないなって、それだけ。気を遣ってくれてアリガトね♡」


「い、いえ」


「まー、過程を端折はしょって結論だけ述べると、あたしこのゲームでは 〔現代の女性兵士〕 の役割演技ロールプレイに徹するつもりだったから、現代の兵士が使ってない刀は使わないつもりだったんよ」


「なるほど」



 自らが操作するキャラクターを、現実の自分とは異なる一個の人格と仮定し、その仮想の人物に成りきるロールプレイ。


 そういう遊びかたを、するもしないもプレイヤーの自由。


 アキラはアバターも髪の色こそ違うが現実の自分に似せて作っているし、ゲーム内で別人を演じているという感覚はない。


 だがアルアルフレートはエルフ、オルオルジフはドワーフと、異種族のロールプレイをしている。


 リアルでは小学4年生男子の網彦がバニーガールのセイネを演じているのはXtuberクロスチューバーの活動で使っている姿をこのゲームでも流用しているだけだが、ゲーム的観点からはロールプレイと言える。


 身近にこれだけ例がいるのだ。


 サラのプレイヤーがせっかく身につけた日本刀を扱うスキルをこのゲームで活かしていなかったのは、現代兵士のロールプレイへのこだわりからと言われれば、納得できた。



「その信念を曲げて、また刀を使いはじめたのは──」


「いや、信念とか、そんな大層なモンじゃないから!」



 サラはぱたぱたと手を振った。



「空中騎馬戦同好会に入って、空中騎乗物に乗っての近接戦闘を学ぶようになってから日本刀を解禁したんだ。騎乗物の上からだと、ナイフじゃリーチ短すぎて敵に届かなかったからさ」


「あぁ……空中だと地上より近接攻撃のリーチ厳しいですよね」


「そ。で、また刀を使いだしたら、それまで抑えてた 〔刀で思いっきり闘いたい欲求〕 があふれてきちゃってね。でも空中騎馬戦スタイルじゃ、あたしの学んだ剣術の技はほとんど使えない。欲求不満でもう限界~って時に、お侍さんと2人きりなったもんだから、つい衝動的に」


決闘デュエルを申しこんだと」


「そういうことだったのよ~」


「そういうことでござったか」



 横で話を聞いていた当のお侍さん──アルも頷いた。



「まぁ、そうでなくてもお侍さんの強さも、あたしと同じでリアルで剣術やってんなってのも蓬莱山で一緒に戦った時に分かってて、いつか死合いたいなってウズウズしてたんだけどさ」


「アルさんがリアルで剣術やってるってことまで、見ただけで分かったんですか?」


「まぁね~♪」


「拙者も、あの時からサラ殿が剣術というか、なんらかの古武術をされていることは分かっていたでござるよ。リアルの事情を詮索するのはマナー違反ゆえ、口には出しませなんだが」


「やっぱバレてましたか。歩きかたで?」


「左様」


「歩きかた……?」



 なにやら2人で分かりあっている。


 アキラは置いてけぼり感を覚えた。



「ああ、これは失敬」



 アルがこちらの様子に気づいてくれ、解説してくれる。



「実は剣術に限らず、日本の古武術──というか、昔の日本人の身体操作は西洋化した現代日本人のものとはかなり違っているのでござる。歩きかた1つ取っても」


「へぇ~」


「古武術を学ぶと、そのいにしえの動きを日常レベルで染みこませるゆえ、歩いている姿を見るだけで同じく古武術を知る者にはそうと分かるものなのでござる」


「特に歩きかた──ほうなんて基本中の基本、初めに教わることだからね~。ちょっとかじった程度の人でも劇的に変わるよ」


「は~」



 つまりアルもサラも、これまでずっと 〔現代人とは違う歩きかた〕 をしていたのか。だが、アキラは2人の歩きかたを見て変に思ったことはない。観察力が足りなかったと悔しくなる……が、今はそれより──



「あの、アルさん」


「なんでござろう」


「ボク、アルさんからその歩きかた、習ってません。初めて剣を教えていただいた時、ずっと剣の振りかただけでした」


「それは──」


「えーッ、マジで⁉」



 アルがなにか言う前にサラが反応した。


 ありえない、と言わんばかりの口調で。



「いやいや! それはちゃんとワケがあるのでござる! なんでも基本、基礎が大事なのは共通でござるが──サラ殿ならご存知であろう。基礎ほどつまらないものはない‼」


「確かに‼」



 今度は思いっきり賛同した。



「拙者、始めたばかりの者に退屈な基礎練習ばかりさせる指導方法には反対なのでござる。それは初心者に 〔つまらない〕 と思わせ、辞めさせる原因になるゆえ」


「ま~ね~。それを乗りこえた者だけ、そこから先に進ませてやるって、ふるいにかけてるよね」


「それが許せんのでござるよ!」


 ビクッ



 アルのかつてなく強い語気に、アキラは驚いた。



「己が楽しさを伝えることを怠ったのを、〔そこで脱落する者はどうせ長く続かぬ〕 と相手に責任を転嫁して! そんな態度は業界を衰退させるのみ‼」


「そうだーッ!」「……」


「──ということで、拙者はまず面白いところから教えるようにしているのでござる。基礎は、それで興味を持って続けてもらいながら徐々に教えればいい話」



 アキラは感動した。



「そこまで考えてくださっていたんですね……!」


「いやぁ、拙者も共に剣を学ぶ同志をむざむざ失いたくはないゆえ……歩法についても、じきにお伝えするつもりではござった。ただ、なかなかその機会がなく」


「はい。あれ以来、なんやかんやあってアルさんに剣を教われてないですもんね。ボクも気にしてました。今は空中格闘戦の特訓に専念しないといけないので無理ですが、同好会との決闘が終わったら、またお願いできますか?」


「無論、喜んで!」


「あたしも混ぜてーっ♪」


「アキラ殿さえよければ」


「はい! サラさんも大歓迎です‼」

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