第139話 死合

 ヒュヒュッ──


 ガキィィィンッ‼



 夕焼けを照りかえす刃と刃が、それを手にする人影もろとも目まぐるしく踊り、時にぶつかりあって火花を散らしている。


 まるで時代劇の1シーン、剣客同士の果たしあい。


 互いに一振りの日本刀を両手で握る2人のPCプレイヤーキャラクターはどちらも隠密用フード付マントで全身を覆っているが、その上に武士らしい袴姿がダブッて見えるようだ。



(でも、誰と誰?)



 その闘いを少し離れて見ながら、アキラは考えた。


 2人ともマントの効果で頭上の名前アイコンは非表示になっているが、そのマントを着てここにいるということは特訓参加者の誰かだろう。


 その中で日本刀を愛用している者として真っ先に思い浮かぶのは、エルフ侍のアルアルフレート。1人は彼で決まりだろう。では、もう1人は──



(サラさん?)



 サラサラリィは現代の女性兵士っぽいプレイスタイルを取るPCだ。軍隊やサバイバルゲームで使われる迷彩服を着用しているし、戦闘では銃火器とナイフを用いる。


 だが、この特訓では以前は使っていなかった日本刀を使っている。現代の兵士は使わない刀剣という、サラのイメージにそぐわないその武器に、初めて見た時は驚いた。


 それで未だに頭の中でサラと刀が結びついておらず、すぐに思いつかなかったが。特訓参加者で刀を使うのはアルとサラの2人。なら今、目の前で斬りあっているのはその2人か?



(待てよ)



 これまで刀を振るっているのを見たことがあるのがその2人のみというだけで、別に刀などこのゲームでは誰でも装備できる。他のメンバーという可能性も──



(いや、少なくとも片方はアルさんだ)



 どちらも目で追うのも大変な速さで動いているが、その片方にだけアキラは馴染んだ感覚がした。見覚えがあるように思える。


 空中格闘戦では思うように動けず苦労しているアルだが、地上では中の人プレイヤーがリアルで学んでいるという古流剣術の動きをアバター操作に活かして、比類ない強さを誇る。


 このクロスロード内で彼と出会った日からその超人的な動きを見てきたし、一緒に冒険する中でその動きに助けられてきた。



(そのアルさんと、互角⁉)



 これまで地上戦でアルは常に敵を圧倒していた。刀による攻撃が当たっても相手の防御力が高くて斬れなかったことはあったが、よけられたり受けられたりしたところは見たことがない。


 それが今、起こっている。


 アル──と推定される剣士が闘っている相手の剣士は、アルの刀をある時は紙一重でよけ、ある時は己の刀で受けて弾き、有効打を許していない。


 しかも防戦一方にならず、自らも攻撃している。それをよけたり受けたりしているアルに余裕は感じられない。余裕があるなら返し技カウンターを決めているはずだ。



(本当にサラさんなの……?)



 あのアルと互角の剣戟ができる人がこのゲームにいただけでも驚きだが、どうしてもそれがサラに結びつかない。


 だが、他の候補者を考えると……


 ドワーフ鍛冶師のオルオルジフはない。彼も地上戦でかなり強いがアルほどではないのは知っている。その以前に彼の小人ドワーフのアバターは眼前の剣士よりずっと小さい。


 なら、残るはカイルエメロード網彦セイネか。


 両親の地上での動きがあそこまででないことも知っている。


 セイネは……そういえば地上での強さはまだ知らなかった。


 なら、セイネという線も……?



 ズバァッ‼


「えっ……?」



 これまでと違う音にアキラが意識を戻すと、2人の闘いは終わっていた。片方が刀を振りおろした姿勢でいる。その刀が通ったと思われる軌跡の上に、もう片方の体があった。


 斬られたのだ。


 これがゲームでなく現実なら、まさに両断されていただろう。このゲームでPCのアバターが分断されることはないので、代わりに斬られた箇所に赤いエフェクトの光が走っている──


 と思った直後、そのアバターが消滅した。


 HPが0になり、死亡した。このゲームでは双方の合意による決闘デュエルでなければPC間の攻撃はダメージを与えられない。つまり2人は決闘デュエルをしていたということだ。


 なんということだろう。考えごとをしていたせいで決着の瞬間を見逃してしまった。しかも動きで識別していたので、目を離したことで勝ったのがどちらかも分からなくなってしまった!


 ……いや。



「おはようございます。アルさん、ですよね」


「おお、アキラ殿! いかにも拙者でござる」



 勝ったほうの剣士を改めて見ると背がかなり高く、それでアルだと思った。アルの身長は180センチメートル、特訓参加者で一番、大きい。確かめると間違いなくアルの声が返ってきた。



「すごい闘いでしたね」

(ラスト見逃したけど)


「うむ、なんとか勝てたが、実にギリギリでござった。かような闘いができるのは滅多にないこと。血がたぎったでござる!」


「それで、相手は誰だったんです?」


「それは──」「たっだいまーッ☆」



 アルの返事をさえぎって、陽気なサラの声が響いた。声のしたほうを見ると、今まで自分とアルの2人だけだった広場に3人目の灰色マント姿が現れていた。



「いやぁ、参りました。さすがお侍さん、お強い!」


「サラ殿こそ見事でござった。感服したでござるよ」



 この場所は焚火アイテム 〔ポータブルホーム〕 の効果で本拠ホームに指定できるようになっているので、特訓参加者が急に現れること自体は不思議ではない。


 そして今の会話の内容からして、アルが決闘デュエルしていた相手は初めに思ったとおりサラだったようだ。そのアバターは決闘デュエルでの敗北時に死亡して消滅、そしてホームであるこの地に 〔死に戻り〕 したのか。



「おはようございます、サラさん」


「おっはよーう、少年♪ て、周りが夕暮れなのにおはようって慣れないな~。それにしても早いね、集合時間まだだよ?」


「時間まですることなかったので。てか、おふたりもですよね」


「はは、まーね。で、お侍さんと2人きりになって、ちょーどいいからって決闘デュエルを申しこんだんだよね」


「そうだったんですか」



 バトルマニアらしき節があるサラらしい。



「でも驚きました。サラさん、刀を使ってもあんなに強かったんですね。徒手空拳なら甲府城でクライムさんとやりあったので知ってましたが、刀だと勝手が違いますよね……?」


「うん。これまで言う機会がなかったけど、あたしもリアルでお侍さん同様、古流剣術をやってたんだ」

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