第138話 感謝
「じゃあ、ボクも夢を追ってたから、マキちゃんに対してと同じようにうらやましかった……ってコト?」
網彦の話から、アキラはそう考えた。
「ああ。駒切さんの夢はただロボット開発者になることじゃなくて、君が乗るロボットを作ること。そして君は彼女の作った機体に乗るためにロボットのパイロットを目指している。2人の夢はセットなんだって、観察したらすぐ分かったから」
「まぁ、公言してたしね」
「驚いたよ。駒切さんも君も、あの歳ですでに将来を見すえて、夢を叶えるための努力をストイックに続けていた。あんな情熱、ぼくにない以前に、それまで会った誰にもなかった」
「やっぱり、珍しいよね」
自分と蒔絵にとっては至極当然のことなのだが、自分たちが少数派という自覚はアキラにもあった。たった3歳で人生の目標が見つかったのは、それだけで運が良かった。
ただ、それをうらやましいと言われたのは初めてで。
なんだか、むずがゆい。
「それで、その夢を追う姿勢を間近で見て研究したいと思って、2人の内、君のほうに近づいた。やりこめられた駒切さんに行くのは気まずかったから」
「それで丸くなってたの? 教わる側だからって」
「いや。ぼくに態度を改めてる自覚はなかったんだ。そんなに変わってたんなら、それは君がぼくの憧れの対象になってたからじゃないかな」
「そ、そう……」
アキラは言葉に詰まった。
嬉しさより戸惑いが勝る。
全てにおいて遥かに優れた網彦が自分に憧れていることも、自分にとっては特別なことをしているつもりもない夢を追う姿勢がうらやましいというのも、実感が湧かない。
もちろん、これだけ真剣な網彦の話を疑いはしない。だから、うっかり否定するような発言をしてしまわないよう気をつけると、なにを言っていいか分からなくなった。
それで生じた気まずい沈黙を、網彦のほうが破った。
「怒らないんだね」
「え……なにに?」
「ぼくは自分の都合で君に近づいて……君を、利用してきた。腹が立たないのか」
「えっ……と、ちょっと待って!」
今のところアキラの中にそんな感情は全くなかったが、言われてみれば確かに怒ってもよさそうな気もする。
ただ頭の回転が遅いせいで感情が追いついていないだけかもしれない。そう思いアキラは改めてこれまでの話を胸中でくりかえしてみた…………
が、やはり腹は立たなかった。
「いや~、そんな気にすることじゃなくない?」
「えぇ……話すのかなり勇気が要ったんだけど」
「なんか、ゴメン。いや、でもさ。逆にどんな理由だったら怒らないかって考えると、ボクのことを好ましく思って友達になりたいからと寄ってきた……とか? 当時から、なんでボクに寄ってきたかは分からないけど少なくともそんな理由じゃないだろうとは思ってたから」
「なんだって⁉ ……意外と鋭いね」
「失礼だよ?」
「これは失敬」
ハハハ……と2人で笑いあう。
今のように、網彦は自分と話す時には他の人と話す時には決してしない、己のIQの高さを鼻にかけたり相手のIQの低さをからかうような発言をする。そして自分も、網彦のIQ150をちょいちょいネタにしている。
お互い冗談と分かっていて、いちいち腹を立てたりはしない。気を許している証拠だ。だから今さら、こんなことで壊れる友情ではない。とはいえ、網彦が言えずにいた気持ちも分かる。
だから、安心させたい。
「それに網彦が言った理由もさ。言いかたを変えれば 〔ボクと友達になりたかった〕 ってことにならない? まさかそんなんじゃないだろうと思ってたヤツで、ボクはむしろ嬉しいよ」
「ポジティブだなぁ……」
「別に無理にいいように解釈してるわけじゃなくて、そっちが難しく考えすぎなんだって。それもIQが高い弊害じゃない?」
「クッ……IQ低いくせに上手いこと言って。でも、そのとおりだね。ぼくの考えすぎ、IQの無駄遣いだったよ」
「そうそう」
「……アキラ」
「ん」
「ありがとう」
「こちらこそ。ボクと友達に、親友になってくれてありがとう。それ以前はマキちゃんとしか遊んだことなくて、他に友達なんて要らないと思ってたけど。網彦が友達になってくれてから楽しいこと、助けられたこと、いっぱいあった。人生が……豊かに、なった?」
「ボキャブラリーが貧弱なんだから無理しなくても」
「少ない
「意味は同じでも通りのいい横文字のボキャブラリーと違って、語彙なんて難しい日本語、よく知ってたね」
「ありがとう!」
そうして2人はまた、笑いあった。
¶
翌日の火曜日からアキラは学校を休み、クロスロード内での秘密の特訓に午前中の朝の部から、午後の昼の部と夜の部の全てに通して参加することになった。
学校には両親のほうから家族旅行を理由に2週間の欠席と連絡してくれて、本当は家でゲームをしているのでバレやしないかと冷や冷やしたが、両親や網彦が上手くやってくれたらしい。
教師が面会に来るような面倒事は起こらず、アキラは特訓に集中でき、そうする内に欠席していることも気にならなくなった。
特訓は、好調だ。
自分だけでなく網彦も学校を休んで一日中ログインして特訓に参加してくれていることが、アキラの成長にも大いに貢献してくれた。
網彦──セイネは研究会側の特訓メンバーで唯一、目標である 〔空中格闘戦スタイルで、空中騎馬戦スタイルのサラリィと互角に闘う〕 をクリアしている人材。
この特訓のコーチである
つまり。
セイネは他の研究会側のメンバーが手本とすべき、空中格闘戦スタイルでの高みに達したということで、もう1人のコーチ役としてみなを指導することになった。
そしてIQ150だけあって教えかたもサラより上手く、研究会メンバーはどんどんセイネの技を吸収してレベルアップしていき、アキラも己の成長を実感していた。
そんな日々が続いた、ある日。
アキラが朝の部に参加するべくログインすると、ゲーム内は夕暮れ時で。茜色に染まったギアナ高地のテーブルマウンテンで、2人のマント姿の人物が激しく刀と刀を打ちあわせていた。
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