第137話 処世
「でも、網彦みたいな優等生が2週間も欠席なんて。僕みたいな劣等生が休むのとはワケが違うよ」
「それを言うなら、ぼくのほうが問題ないさ。天才のぼくは小学校で習う内容なんてとっくに自習で済ませてる。いくら休んでも学習の遅れなんて発生しない」
「それは、そうだろうけどさ」
「教師どもの反応を気にしてるんだろうけど、それも心配ないよ。あんな奴ら、イザとなったらどうにでもできる」
「どうにでも、って……?」
「握ってる弱みを使って脅迫する」
「握ってるの⁉」
「公になったら社会的に死ぬネタを、全員分ね。ちなみにデータを集めたのは駒切さんだから」
「マキちゃんが⁉」
「〔有事の際はこれでアキラを守れ〕 って、留学する前に渡されたんだ。愛されてるねぇ」
「そうだったんだ……」
「公開したら自動的に休校になるよ。こっちから欠席する必要もなくなるけど、そうする?」
「そ、それは……他の生徒に悪い、かな」
「だね。だから脅迫材料に留めておくよ」
「う、うん……」
脅迫のほうがまだ穏便という話になっている。
網彦も、蒔絵も、天才のやることは恐ろしい。
でも、ありがたい。
天才2人がその高い能力で自分を助けてくれることはもちろんだが、仮に天才でなくても、気遣ってくれることが嬉しい。
そうだ、気遣いといえば──
「話は変わるけど。ひょっとして網彦、このゲームにボクを誘ってくれてから今回の秘密の特訓が始まるまで、ボクに実力差を見せつけないように気を遣ってくれてた?」
「あ、バレた?」
「やっぱり……」
「ウィズリム使用歴が長い分ぼくのほうが上手いのは当然でも、同い年の奴とのあいだに差があるのは愉快じゃないだろ? これからアキラにクロスロードを楽しんでもらおうって時にそんな想いさせられないって……嫌味だったかな」
「そんなことないよ。ボクのこと考えてくれて嬉しい。ただ、網彦との差なんて今に始まったことじゃないし、それで嫌ったりはしないよ?」
「その点はぼくもアキラを信じてるよ。ただ、これはぼくの処世術でね。半ば無意識にやってることだから、相手が君じゃなくても同じようにしてた」
「処世術か」
それは、きっと──
「IQ150の君から見てバカばっかりな世間で平穏に生きていくための、ってことだよね」
「あはははは! ああ、そういうこと」
「そういうとこ、網彦はしっかりしてて偉いよね。マキちゃんなんて周りに合わせる気、皆無だもん」
「それはそれで、すごいと思うけどね。天才が周囲から浮くのは仕方ない、その摩擦から自分を守るために処世術を覚えるのも自然な流れだと思うんだけど、駒切さんはそうしようとしない。彼女の頭でやりかたが分からないってことはないと思うんだけど」
「分かってないと思うよ、多分。知る気になればすぐマスターするだろうけど、その気がない。ロボットを作ること以外に思考のリソースを取られたくないんだ」
「そういうとこだよなぁ……」
網彦が遠い目をした──アバターのセイネの顔は今フードで隠れているし、隠れていなかったとしてもアバターは無表情なのだが、声の調子からアキラはそう思えた。
「ぼくはね、アキラ」
網彦の声のトーンが、変わった。
なにか大切な話をする気なのか。
アキラは聞く態勢になった。
「なに?」
「君たちがうらやましいんだ」
「ボク、
「そう。君と駒切さんがね」
「ど、どういうこと? マキちゃんだけならともかく、なんでボクまで──」
「あのね。ぼくは駒切さんのIQ300をうらやましいとは思ってないよ?」
「そうなの?」
「彼女の半分しかIQのないぼくが言っても負け惜しみっぽいけど、本当にそこはうらやましくないんだ。IQがぼくの倍ってことは、頭がいいせいで味わう苦労もぼくの倍ってことだからね」
「そっか……」
IQの低いアキラに網彦の気持ちは分からない。ただ、そこに彼の実感が込められていることは分かった。頭が良すぎる人間は周囲と馴染めない、蒔絵がそうなのをずっと見てきたから。
「ぼくと出会った時のこと、覚えてる?」
「網彦がマキちゃんに 〔天才同士 仲良くしよう〕 って寄ってきて、マキちゃんの頭についてけなくて鼻っ柱 折られたこと?」
「うん。しっかり覚えてたね」
「あの時はボクに対して感じ悪かったけど、そのあとしばらくしてボクに話しかけてきた時は丸くなってて。マキちゃんにやりこめられて改心したんだよね」
「そんなことで改心したりしないよ」
「あれ⁉」
それは、かなり意外だった。
ずっとそうだと思っていた。
それが思い違いだったとは。
「じゃあ、なんで?」
「順を追って話すと……駒切さんに恥をかかされてからぼくは、彼女のことをもっと知ろうと観察していた。別に復讐の機会をうかがっていたわけじゃない、純粋に知りたかったんだ。彼女はぼくの理解を超えていたから」
「IQが倍あるから?」
「IQのことを知ったのはもっとあとだね。そんなの見なくても、彼女がぼくより頭いいことは分かった。不思議だったのは、にもかかわらず彼女がぼくと同じ悩みを抱えてなかったことだ」
「悩みって」
「今も話してたことさ。当時は今ほど処世術が身についてなくてね。頭が良すぎるせいで起こる摩擦にぼくはウンザリしていた」
「そっか……」
「勉強もスポーツもなんでも簡単にできてしまって退屈だし、そんなぼくに嫉妬してくる連中はうっとうしいし……贅沢な悩みと思うだろうけど、ぼくは自分の才能を持てあましていた。こんな優秀に生まれたくなかったって思ってたんだ」
「それは、まぁ贅沢だとは思うけど。君がそれで真剣に悩んでたんだったことは分かるから、どうこう言う気はないよ」
「ありがとう──で、彼女も同じと思ったけど、違った。彼女は頭が良すぎて困るどころか、まだ足りないと思っていた。観察してる内に分かったけど、それは彼女の追っていた 〔搭乗式ロボットを実現する〕 って夢が、彼女の頭脳をもってしても容易ではなかったからだ」
「そうだね。だから必死に勉強して、それを邪魔されるとすごく怒ってたよ」
「自分の全てをかけても叶えられる保証のない夢をがむしゃらに追う。なんでもできるけど夢中になれることのなかったぼくには、そこがうらやましいと思ったんだ」
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