第136話 便乗

 家族会議を終えたアキラとその両親は、すぐクロスロード・メカヴァースにログインした。〔計画〕 メンバーによる秘密の特訓・夜の部に参加するために。


 仕事のため今日の昼の部には参加できなかったカイル、主婦のため昼の部にも参加していたエメロードが参加するのは予定どおり。


 予定と違ったのは、アキラだ。


 平日の夜は勉強のため夜の部には参加しないつもりでメンバーにもそう告げていたアキラだったが、昼の部に参加して自身の力不足を痛感し、勉強せず夜の部にも参加すると決めた。


 そして先ほどの家族会議でこれからは学校を休んで一日中ログインして特訓することも決まったのだが、それは明日からの話。



 ブンッ──



 クロスロードにログインした3人のアバターが、ゲーム世界内の南米・ギアナ高地のテーブルマウンテン頂上に出現する。


 昼の部さっきまでは真っ暗だったそこは今は明るく、上空は星空から青空に変わっていた。アキラの本体プレイヤーがいる日本・東京はもう日が暮れて外は暗くなっているが、日本とマイナス13時間の時差があるこの地ではちょうど日が昇ったばかり。


 そこではメンバーたちが昼の部の時と変わらず、森の中の開けた場所の中央で焚火を囲んでいた。この焚火の燃える地点が現在のアキラたちの 〔本拠ホーム〕 のため、直接この場に出現した。



〔ポータブルホーム〕



 それがこの焚火の姿をしたアイテムの名。使用すると、その場を 〔本拠ホーム〕 に設定できるようになる。


 PCプレイヤーキャラクターのログイン直後の出現場所として表示される選択肢で初期設定デフォルトでカーソルが合っている地点、および 〔死に戻り〕 時の強制出現場所となる 〔本拠ホーム〕 は本来、この世界の人口密集地にあるホーム候補地にPCが赴いた時、そこと設定するもの。


 つまり普通はゲーム上で元から用意された地点しかホームにはできないが、このアイテムを使うことで任意の地点をホームにすることができる。今回は他のPCに見られたくない秘密の特訓をするため、他のPCがやってこない僻地をホームにするのに 〔計画〕 メンバーはこのアイテムを使用していた。


 そのメンバーの内、先に来ていた4人も、あとから来たアキラたち3人も、同じ隠密フード付マントをまとって顔と名前アイコンを隠している。合計7人、今回は全員参加だ。



「こんばんは──て言うのも変ですね」


「そうでござるな──おや、アキラ殿」



 輪に加わりながらアキラが言うと、マントから日本刀の柄をのぞかせたメンバーが答えた。声と口調からアル──エルフ侍アルフレートと分かる。


 そして、こちらが気づいたようにアルもすぐ自分がアキラだと分かってくれた。声で分かる以前に、自分は両親より背が低いので一目瞭然ではあるが。



「夜の部にも参加されるのでござるか?」


「はい。急に予定が変わりまして。これから決闘までの2週間、毎日、朝・昼・夜の全部の部に参加することにしました」



 アキラがそう言うと、カイルエメロードも続いた。



「ぼくと妻も一緒に」


「そうなんです~」


「そうでござるか! それは喜ばしい‼」


「オレは全部とはいかねぇが、参加できる時はよろしくな」


「あたしも全部に出るよ! ずっと一緒だね♪」


「よろしくお願いします」



 アルアルフレートオルオルジフサラサラリィ、そしてセイネと次々に歓迎の言葉をかけてくれる。


 誰も 〔学校や仕事はどうした〕 などとは聞いてこない。ネットゲームで他のプレイヤーのリアル事情に言及するのはマナー違反、内心で思っていても口にはしないだろう。



 ~♪



 その時、アキラにプレイヤー間通信の着信が入った。セイネからだ。開いたウィンドウで【応答】アイコンをタッチして通話を始める。


 この状態では、プレイヤーのアキラがつけているマイクが拾った声はアキラのアバターからは発せられず、つまりアバターの周囲にいる他のPCのプレイヤーには聞こえず、通話相手であるセイネのプレイヤーにのみ聞こえるようになる。


 セイネのプレイヤーの声も、アキラにしか聞こえない。



「もしもし? セイネ?」


『アキラ、どういうことだい?』



 その声音と口調は美少女バニーガールXtuberクロスチューバーセイネとして作った女声ではなく、現実でアキラがいつも聞いている声、セイネのプレイヤーである小学4年生男子・びき 網彦あみひこの地の男声だった。


 アキラはセイネが網彦だと知っているので、両者の声から共通点を聞きとり確かに同一人物のものだと分かるが、そうと知らない人には至難だろう。声変わり前とはいえ、声域の使い分けがエグい。声優になれるのではないか。


 それにしても、マントで容姿を隠しているとはいえバニーガールであるセイネのアバターが目の前にいるのに地声で話されると、なんとも言えない気分になる。



「い、今は網彦バージョンなんだ?」


『そんなこと、どーでもいいから!』


「ああ、うん。学校、休むことにしたんだ」


『まぁ、そういうことだよね……それをご両親も了承してる?』


「うん。てか、お父さんが言いだしたんだ」


『えぇ……』


「あとでゆっくり話そ? いつまでも黙ってると不自然だから」


『そうだね。じゃあ、またあとで!』


 ブツッ


「ではみなさん、夜の部を開始しましょう‼」



 網彦は通話を切り、セイネとして号令した。直前まで網彦として話していたにもかかわらず、セイネとしての発声におかしなところはなく、一瞬で完璧に切りかえた。これもすごいスキルだ。


 それから夜の部の特訓が始まった。


 昼の部で各員が見出した技を、昼の部にはいなかったカイルにも伝えた上で、再び2人1組での地稽古を通して練習。


 そして夜の部も終わり、みなが解散、ログアウトする中、アキラとセイネだけはその場に残って中断していた話の続きをした。



「──と、いうワケなんだ」


「なるほど……アキラの覚悟は良く分かったよ。ご両親の理解もあるなら、ぼくから言うことはなにもない」



 網彦は地声のままだった。


 セイネのアバターから直接その声が聞こえるのは変な気分だが、周りに他の人もいないことだし。網彦は 〔網彦として〕 話すべき内容と判断したのだろう。それがアキラには嬉しかった。



「じゃ、ぼくも学校、休むよ」


「……えぇっ⁉」


「アキラはぼくのほうはもう強くなる必要ないと思ってるみたいだけど、そんなことないから。今は対戦相手ミーシャさんと互角でも、2週間で向こうも強くなるかもしれないんだから」

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