第135話 普通

 物心つく前から一緒にいた幼馴染の女の子、〔マキちゃん〕 こと駒切こまきり まきは、アキラにとって一番に大好きで大切な人。


 互いが3歳のころ、アキラはロボットを 〔操る側〕 になることを志し、蒔絵はアキラが乗るロボットを 〔作る側〕 になることを志し、2人は別々の道を歩むことになった。


 そのため、それまでは毎日のように一緒にいた2人が、自身の道のため学んでいる時は別行動を取るようになった。


 寂しかった。


 だからアキラは可能な限り蒔絵といられる機会を逃さぬよう、大事にするようになった。


 蒔絵と同じ小学校に入学したアキラにとって、学校に行くのは蒔絵と一緒にいられる時間を得ること、それが全てだった。



「学校に行きたかったわけじゃない」



 その日々の中で 〔学校に行きたくない〕 と思ったことは一度もない……が、考えてみると 〔学校に行きたい〕 と思ったことも一度もなかった。自分はただ──



「マキちゃんと一緒にいたかっただけなんだ」



 父の指摘したとおり、アキラは小学校で勉強ができなくて教師たちからは劣等生と目の敵にされるし、人づきあいが下手で友達は網彦1人だけ、他の同級生からは 〔蒔絵の腰巾着〕 とバカにされている。


 なるほど。


 普通は不登校になるかもしれない。自分がそうならなかったのは、どれだけ学校がイヤだろうと蒔絵が行くのに自分は行かないという発想がなかったからだ。



「うん。やっぱり、そうだったんだね」


「だろうとは思ってたけど、アキラの口からじかに聞くのは初めてね~。本当にマキちゃんが大好きなのね」


「もちろん!」



 話を聞いて、父も母も納得したようだった。



「さっきも言ったように、父さんたちはアキラが学校に行きたくないなら不登校児の支援制度を頼って、アキラが学校に通う以外の道で生きられるよう支えるつもりだった」


「うん……すごく考えてくれてたんだね。ありがとう」


「どういたしまして~♪」


「ぼくたちは親だからね、当然さ……で、これまではマキちゃんのおかげでそうする必要もなかったわけだけど」


「?」


「彼女がアメリカに留学して同じ学校にいなくなった今、アキラが我慢して学校に行く理由、もうないんじゃない?」



 その父の言葉に、アキラの時がとまった。



「「…………」」


「そういえば⁉」



 IQ300の天才である蒔絵は先月の9月から、アメリカのマサチューセッツ工科大学に飛び級で留学している。そんな頭を持っていないアキラは当然ついていけず、日本に残っている。


 そして蒔絵のいない学校に通っている。


 それからも小学校では不愉快な日々が続いたが、行きたくないとは考えなかった。それは、これまで蒔絵のおかげで不登校という選択肢が頭から除外されていたからだったのか。


 その理由を自覚していなかったため、その理由が失われてからもそのことに気づかず、ただ行くのが当たり前だからと通いつづけていた。


 慣れとは恐ろしい。



「どうする? 決闘までの2週間と言わず、それが終わってからもアキラが学校に行きたくないなら、行かなくていいんだよ?」


「そうよ~?」


「いやいや!」



 両親の勧めに、アキラは慌てて両腕を振った。



「そこまではいいよ。別に今、学校に行きたくないとまでは思ってないから……でも、そうだね。もし、今後そういう気持ちになったら、その時はすぐ2人に言うよ」


「ああ、それでいいよ」


「約束よ?」


「うん……」



 これまでは学校生活に耐えられた理由に自覚がなかったから、蒔絵がいなくなってからも大丈夫だった。だが知ってしまった今、これからも大丈夫でいられるかは……自信がない。


 実際どうかは2週間後に学校に行ってみないと分からないが、それでも今の感触としては、不愉快な学校に行くことへの抵抗より 〔学校に行かない〕 ことへの抵抗のほうが強い。


 それは。


 社会の常識に反することへの恐怖。とても父の言うように 〔行きたくなければ行かなくていい〕 と気楽には思えない。



「あのね、アキラ」


「あっ……なに?」



 父に声をかけられ、アキラは顔を上げた。


 もう話は終わりと思っていたのだが──



「父さんたちは、なにもアキラに学校を辞めさせ──小学校は辞めるって言わない? まぁいいや、辞めさせたいわけじゃない」


「う、うん」


「学校に行かない生きかたもあるとは言ったけど、そういう普通﹅﹅と違う生きかたは、それだけで大変だ。小学校、中学校、高校、大学と通って、会社に就職……そういう普通﹅﹅の生きかたのレールから外れた人に、世間は冷たいから」


「うん……さっきも言ってたよね」


「ああ。だから外れずに済むなら、それに越したことはないんだ、そのレールからは。だから父さんたちも、これまでアキラを普通﹅﹅に学校に行かせてきた」


「そっか……」



 両親がレールから外れた生きかたを推奨しているなら、はじめから小学校には行かせなかったろうが、そうはしなかった。


 両親にどちらか﹅﹅﹅﹅を強いる気はない。



「大事なのはアキラにとって自分らしく幸せに生きられる場所はどこか、ってことさ。今いる場所がそうなら無理に出ていく必要はないし、そうでないなら本当にいたい場所へ行くことを恐れなくていい。ぼくたちがついてるから」


「わたしたちはいつだって、アキラの味方よ」


「お父さん……お母さん……ありがとう。ボク、2人の子供に生まれてこれて良かった。親ガチャSSRだよ‼」


「「言いかた‼」」



 両親は、息子の中にある 〔普通レールから外れることへの恐怖〕 も分かってくれていたのだと、アキラは今の会話で感じた。


 〔外れた人〕 に対し、自分たちの子供がそうであっても支えると、寄りそう姿勢でいる。


 なのに、自分は。


 これまで仮にそういう人に会ったとして、罵倒することはないにせよ、理解を示したとは思えない。


 レールから外れた人を落伍者だと見下す差別意識、自分はそちら側ではないという優越感が、自分にもある。そちら側になりたくないから、学校を休むことに抵抗があったのだ。


 なにが 〔そちら側ではない〕 だ。


 蒔絵のおかげでこれまでそうなっていなかっただけで、性質的には思いきりそちら側ではないか。なんて思いあがっていたのだろう。


 もっと優しい人間になりたい。


 他人の痛みに寄りそえる人間に。


 そういう両親のもとに生まれた子として、恥じない自分に。

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