第134話 旅行
「なんだ、そういうコトかぁ。もう、おどかさないで!」
「ごめんごめん」
「……」
母が頬を膨らませ、父が頭を下げるのを、アキラは固まったまま眺めていた。両親のこのやりとり、どうやら今の父の発言は自分の聞き間違いではなかったらしい。
だが、信じられない。
2週間後にVRMMORPGクロスロード・メカヴァース内にて行われる決闘は自分の将来を左右する受験も同然のイベントだから、それに備えて特訓するため勉強時間を削りたい。
反対され叱られるのを覚悟の上でアキラがそうお願いしたら、父から反対されるどころか 〔削りかたが甘い〕 と逆の意味で叱られた。
自分が使える時間──父の言いまわしでは、可処分時間を全て費やす。アキラもそのつもりだった。ただ自分の考えた可処分時間には、学校での時間が含まれていなかった。
学校を休んでゲームするなんて。
言われるまで全く頭になかった。
とはいえ学校に行かずにゲームしていたいというのが、子供の考えそうなことだとは理解できる。だが、それを親が言うとは。
心配していた両親からの反対は皆無で、むしろ強く背中を押してくれている。現状は願ったり叶ったりのはずなのだが、アキラは逆に腰が引けてしまった。
自分で決めた自習時間を削ることにだって相当な抵抗を覚えたのだ。学校を休んでというのは、その比ではない。
その気持ちを、おずおずと口に出す。
「本当にいいの……? ゲームのためにズル休みなんて」
「ズル休み、じゃないだろう?」
「う、うん」
父の声は変わらず、優しいが真剣なものだった。先ほどは怒っているのではと思ったが、そうではなかった。そして、ふざけているわけでもない。
なら、自分も真剣に向きあわねば。
「ボクはもちろん、そのつもりだけど。学校にはなんて言えば。とても理解を得られるとは思えないよ」
「ありのまま話せばいいんじゃないかな。理解はされないだろうけど、そもそも学校なんてこっちがお金払って 〔行ってやってる〕 んだよ? 休む理由に向こうの理解も許可も必要ない。行くも行かないも好きにしていいんだ」
「それは、またなんとも……」
斬新な意見だ。理屈は分かるが、病気やケガでもないのに学校を休むなどありえないという常識を清々しく無視している。
アキラがたじろんでいると、それまで黙っていた母が横から父に言った。
「あなた。正直に言うのはさすがに面倒よ」
「うーん、それもそうだね。先生がたとやりあうのはやぶさかじゃないけど、今回はぼくたちだって決闘に向けて特訓するんだから、そんな暇はない……あ、そうだ!」
「なになに?」
「家族旅行に行くって言おう! その理由での休みなら、世間でもよくあることだ。向こうの抵抗も少ないだろう」
「なるほど、ナイスアイデアね!」
「ちょ、そんな嘘ついていいの?」
「嘘じゃないさ。家族3人で南米はギアナ高地に滞在するんだ。ただし現実じゃなく、仮想現実のギアナ高地にね」
「完璧な理論武装ね!」
「そうかな……」
確かに秘密の特訓は、クロスロードの舞台である電脳空間に再現された地球のギアナ高地で行っているが。その理屈が苦しいという以上に、アキラは父の言葉に違和感を覚えた。
旅行にたとえたのが、ずっとそこに赴くということなら──
「あの、お父さん」
「うん?」
「ボクは学校を休んで、食事とか入浴とか睡眠とか以外の時間はずっとクロスロードにログインして、ギアナ高地で特訓するとして。主婦のお母さんも一緒にするとして……」
「ああ! 父さんも有給を取って一緒に特訓するよ‼」
「やっぱり⁉」
母も、そして父も。アキラと同様、空中格闘研究会の一員で、かつセイネの 〔計画〕 のメンバーであり、2週間後の決闘までに対戦相手の空中騎馬戦同好会の選手と同等以上の力を得なければならないが、まだそこに達していない。
できる限り特訓すべきなのはアキラと同じなのだが、そのために仕事を休むとは──
「それこそいいの⁉」
「アキラが学校を休むより簡単だよ。有給休暇の取得は権利ではなく義務だからね、ぼくはそれを粛々と遂行するだけさ」
「いよっ、
「でっしょ~? なーっはっはっは!」
おだてる母。
調子づく父。
自分の両親はこんなにユルかっただろうか。10年近く一緒にいるのにこれまで見なかった2人の一面にアキラは戸惑っていると、父が急に笑いやんだ。
緩急が激しい。
「まぁ、仕事を休むのは本当に問題ないから大丈夫だよ。ウチは労働基準法違反の犯罪者集団じゃないからね」
ブラック企業への当たりが強い。
「そして学校への連絡も、先生がたとのやりとりも全部、父さんと母さんでやっとくから。アキラはなにも心配しないで、明日からは決闘のことだけ考えて特訓しなさい」
「う、うん……」
アキラが学校を休むことは、もう確定事項として話が進んでいた。アキラとしても異存はないのだが、まだ気持ちがついていっていない。
「あのね、アキラ」
父の声のトーンが、変わった。
これまで以上に穏やかに……
「学校は、楽しい?」
「え? ううん、全然」
「だろうね。これまでも何度か同じ質問をしたけど、いつも同じ答えだった」
「え、そうだったっけ? ごめん、覚えてないや」
「深刻な話とは思わずに聞き流してたんじゃない? 実はね、これまでずっと父さんも母さんも、アキラが 〔学校に行きたくない〕 って言ったら 〔行かなくていいよ〕 って言うつもりで準備してたんだ」
「そうだったの⁉」
「そうだったのよ」
父の言葉を、母もさらっと認めた。
「世の中には、様々な理由で不登校になる子供がたくさんいる。そういう子たちへの世間の風当たりは厳しいけど、それは間違ってる。どうしても学校が合わないなら、それがその子の個性で、それもまた認められるべきだ。そういう子を支援する仕組みも、近年はぼくたちの若いころより充実してきている」
「う、うん」
アキラもその手の話は知っていたが。
自分には関係ないことと思っていた。
「小学校に入ってからアキラは、勉強にはついていけないし、先生の覚えも良くないし、友達も網彦くんしかできなかった。なのに 〔学校に行きたくない〕 とは一度も言わなかった。なぜだい?」
それは、考えるまでもなかった。
「マキちゃんがいたから」
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