第133話 嘆願

 感情的に対立している空中格闘研究会と空中騎馬戦同好会の会員同士を、2週間後に行われる決闘の展開で感動させて和解させようというセイネ立案の 〔計画〕 のため、双方の選手は互角の闘いを演じなければいけない。


 決闘は5対5の団体戦であり、内4戦の選手はどちらも未定だが、最後の大将戦は研究会代表のセイネと同好会代表のミーシャで闘うと決まっている。


 セイネだけは 〔誰と〕 互角でないといけないか、ハッキリしているということだ。そのミーシャの力量は同好会で最強だが、同好会にはそれと同等の実力者があと2人いる。


 クライムと、サラサラリィだ。


 ミーシャとこの2人が、同好会側でセイネの 〔計画〕 を知る協力者なわけだが、その内サラだけは研究会側の 〔計画〕 メンバーを鍛える秘密の特訓にコーチとして参加している。


 そして特訓初回、1本ごとに相手を変えて行われた地稽古において、研究会側の参加者で他はみな負けている中、セイネのみがサラと互角に渡りあってみせた。



 サラと互角なら、ミーシャとも互角。



 対戦相手と互角以上でなければならないという研究会側の条件を、セイネだけは早くもクリアしたことになる。


 だが、セイネだけでは 〔計画〕 は成就されない。


 研究会側の選手が全員、それだけの力量を得なければ。そのためには研究会側の 〔計画〕メンバーからあと4人が、それだけ強くなった上で選手にならないといけない。


 その目安もやはり、コーチ役であるサラと互角以上に闘ってみせることになる。サラと互角に闘えれば、本番でサラ本人やクライムと当たっても大丈夫だし、2人より弱い他の同好会員と当たれば互角に見せかけるよう手加減して余裕を持って闘える。


 目標はハッキリしている。


 だが、研究会側の 〔計画〕メンバーの一員であるアキラには、あと2週間で自分がそこに届く自信がなかった。


 そもそも、どれだけの時間があれば自分がそこまで成長できるのかなど全く予想がつかない。時間はいくらでも欲しい。


 だが2週間という期限を変えられない以上、より長く特訓するためには、その期限内で特訓に割く時間を、本来の予定よりも多くするしかない……





「──ラ!」


「……」


「アキラ!」


「⁉ ──あ、お母さん?」


「ごはん、もう食べ終わってるわよ?」


「え⁉」



 そこはあまのリビング。


 アキラことあま あきらは、さっきまで一緒にクロスロードにログインして特訓していた母と、さっき仕事から帰ったばかりで特訓には参加できなかった父と、3人で夕食を取っていた。


 そして食べながらも考えごとに没頭していたアキラは、無意識に手を動かしており、すっかり食べ終えてからもカラになったお皿をつついていたのを、母に指摘されてようやく気づいた。



「ご、ごちそうさま」


「どうしたの? なにか、悩みごと?」


「父さんたちには言えないことかい?」


「あっ、ううん!」



 アキラは慌てて首を振った。



「聞いてほしい。悩みっていうか……ええと」



 アキラは考えていたことを話すことにした。ただ親には言いづらい内容で、まだ心の準備ができていなかったが、もう腹をくくるしかない。



「2人にお願いがあるんだけど」


「なぁに?」「言ってごらん」


「えっとね……これまで、平日にクロスロードをやるのは学校から帰ってから夕飯の前までだけって決めてたんだけど。同好会との決闘までは、夕飯のあとにもログインしたいんだ」


「え? すればいいじゃない」


「ぼくたちに断る必要ある?」


「んっと……これまで、その時間は自習に当ててたんだ。学校の授業の予習とか復習とか、宿題とかに。その時間にゲームやっちゃうと。宿題だけはするつもりだけど、どうしても、その」


「ああ、勉強時間が減っちゃうってコトね」


「つまりアキラは決闘までに 〔計画〕 に必要なだけ強くなれるよう、これまで勉強に使ってた時間を削って特訓にあてたいと、そういうことだね?」



 両親にも、こちらが言いづらかった理由が伝わったようだ。


 だが2人の様子は、変わらない。子供が 〔勉強をサボッてゲームがしたい〕 などと言えば、親なら怒るのが普通なのに、そんな気配はない……それでも、アキラは不安だった。


 確かに自分の両親は話に聞く世間一般の親よりも子供に甘く、これまでも 〔勉強しろ〕 とうるさく言われたことはない。


 だが、それにも限度はあるだろう。



「うん……学生の本分は勉強だって、分かってる。でも、網彦の計画が失敗すればクロスロードが終わるかもしれなくて。将来ロボットのパイロットになりたくて、その練習のためにクロスロードをやってるボクにとっては大打撃で、だから……」


「「うん、うん」」


「今度の決闘はボクの将来を左右する、受験と同じくらい重要な関門だと思うんだ。だから、決闘に向けて特訓するのも、ボクには受験勉強みたいなもので……」



 自分では本気でそう思っている。


 だが、どうにもこじつけくさい。


 他者を納得させる説得力には欠けている。アキラは話すほどに自信がなくなって小声になっていったが、果たして両親の反応は──



「ええ、いいわよ!」


「本当⁉ ありが──」


「アキラ、少し確認したいんだけど」


「ッ」



 母からあっけらかんと了承を得て喜んだのも束の間、父の硬い声にアキラは身がすくんだ。父の口調は穏やかだが、これまでより真面目さが増しており、場の空気がやや、ピリッとした。



「うん、なに……?」


「勉強時間を削るから予習復習はおろそかになるけど、宿題だけはやるって言ってたよね?」


「うん。学校で出された宿題は、ちゃんと次の授業までに済ませておいて、提出する。約束するよ」


「それじゃダメだ」


「‼」「あなた⁉」



 はっきりとした父の宣告に、アキラは血が凍った気がした。


 やはり、越えてはいけない一線を越えてしまったのか。父からこうもキツく言われること自体が初めてで目に涙がにじむ。


 父の意見が母と対立するのも珍しかった。母が非難するような声を上げたが、父から目配せされると母はそれ以上なにも言わず──父が話を続ける。



「中途半端はいけない」


「っ……はい……」


「可処分時間を全て特訓に費やすなら、学校なんて行ってる暇はないよ。決闘が終わるまで欠席して、普段は学校に行ってる時間も特訓しなさい。もちろん宿題も放棄だ‼」

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