第132話 覚悟

 やはり網彦は、すごい。


 そして自分は、すごくない。


 親友・びき あみひこはIQ150の天才。対して自分・あま あきらは平均未満の落ちこぼれ。同じ小学4年生でも雲泥の差がある。


 そんなことは前から知っていた。


 これまでも才能の差から網彦に嫉妬したことは、なくはない。それでも深刻に気に病むことはなかった。


 だが、今回はこれまでと違った。


 クロスロード・メカヴァースでの戦闘で、アキラは網彦セイネに負けた。そのことが悔しい。自分より強い網彦がうらやましい。胸が苦しい……こんなことは初めてだった。


 クロスロードでは、負けたくなかった。


 アキラはこのゲームを 〔将来ロボットのパイロットになる〕 という夢を叶えるためにやっている。


 その専門分野では誰にも、たとえ網彦にでも負けたくないし、実のところそこまで負けているとも思っていなかった。


 それは、これまで網彦セイネの強さを実感する機会がなかったため、彼の実力を見誤っていたからだ。


 同好会との決闘に向けた秘密の特訓。


 初回の地稽古2本目で闘ってみたら。


 完敗した。


 しかも網彦セイネは操作が難しい自力飛行、こちらは操作の易しい他力飛行と、条件は圧倒的にこちらが有利だったにもかかわらず。


 IQが高いとゲームも強いのか?


 IQ150の網彦が学業において満点量産機なのは理解できる。


 Xtuberクロスチューバー・セイネとして登録者数500万という業界トップクラスの地位を築けたのも、そのIQの成せるわざだという本人の言も、本当なのだろう。


 Xtuberとして成功するのになにが必要なのかアキラにはさっぱりだが、企業に所属していない網彦が独力でそこまでになるには頭の良さも必要というのは、なんとなく分かる。


 だが。


 IQが高いからゲームも上手いというのは、良く分からない。もちろんゲーム上の作戦でも知略は大切だが、特訓で見た網彦セイネの動きはそれだけでは説明できない。


 反射神経、動体視力、センス……そういったIQとは関係ない能力の高さも、あの時の網彦セイネからは感じた。


 それはつまり、網彦の天賦の才はIQ知能指数のみに留まらず、天は彼に二物も三物も与えていた、ということか。



 さすがに不公平では?



 いや……それも知っていたはずだ、自分は。才能の格差なんてものが存在するこの世は、そもそも不公平にできていることを。


 なぜなら自分は網彦に会う前から、網彦のさらに倍のIQ300の超天才──駒切こまきり まきと、幼馴染として物心つく前から一緒にいたのだから。


 蒔絵で慣れていたから、網彦とも仲良くなれた。自分より遥かに優秀な相手と、劣等感に押しつぶされることなく付きあう──自分にはそれができると思っていた。


 どうやら甘かったらしい。


 幼い日、アキラはロボットを 〔操る側〕 の人間になることを、蒔絵はロボットを 〔作る側〕 の人間になることを互いに誓った。


 それから程なくして発覚したIQ300の頭脳を、蒔絵は全て 〔作る側〕 となるために注ぎこみ、〔操る側〕 になろうとするアキラの領分を犯すことはなかった。


 将来の役に立てばとアキラがやっていた、3Dロボットアクションゲームや小型ロボット競技にも手を出すようなことはなかったから、蒔絵はアキラにとって競争相手になることはなかった。


 小学校に上がってから会った網彦も。


 ロボットのパイロットを目指す自分を応援してくれはしたが、そのための活動を一緒にやろうとはしなかったから、アキラは彼に対抗意識を覚えずに済んだのかもしれない。


 今までは。


 だが──


 史上初となる量産・市販された有人操縦式人型ロボットであるスレイヴィークル──SVが出現し、アキラの夢はSVのパイロットになるという具体性を帯びたのはいいものの、SVの操縦方法はそれまでやってきたゲームや競技とは全く異なっていた。


 それを一から学ぶ方法を求めていたアキラに、網彦はSVの操縦機器と同じ仕組みのスティックとペダルからなるVRゲーム機 〔ウィズリム〕 と、それに対応したロボットアクションVRMMO 〔クロスロード・メカヴァース〕 を紹介してくれた。


 そしてネットゲームは初めてで右も左も分からないアキラをサポートすべく、セイネのアバターを使って一緒にクロスロードを遊んでくれるようになった……それには感謝しかないが、その時に網彦は 〔アキラが競争相手と意識する領分〕 に踏みこんでいたのだ。


 そして、先ほどの地稽古で初めてやりあった。


 アキラは初めて己の専門分野で網彦と競った。


 そして力の差に、打ちひしがれた。


 Xtuberとしてセイネと競うも敵わず、劣等感から心を病んだためセイネとの接触を絶ったという同好会・代表ミーシャの気持ちが、分かったような気がした。


 ……もしかしたら。


 網彦セイネは自分と一緒に遊びながらも、はっきり実力差が分かるような直接対決はさけていたのかもしれない──とアキラはふと思った。


 自分が、こういう気持ちにならないように。


 網彦は自分より早くクロスロードを初めていたし、その前から別のウィズリム対応ゲームである 〔クロスソード・メタヴァース〕 もやりこんでいた。


 初めからウィズリムによるアバター操作に慣れていた彼が初心者の自分をやりこめる──初心者狩りのようなことをして、やる気をなくさせるようなこと、するはずがない。


 気を遣ってくれていた。


 だが、同好会との争いを円満に収められなければクロスロードがサービス終了するかもしれないという緊急事態で、遠慮していられなくなった……?


 いや、こんなことは本人に聞かなければ分からないし、本人に聞けば済むことだ。今、考えなければいけないのは、そうではない。


 網彦セイネに追いつかねば。


 決闘本番で研究会と同好会を和解させる仕込みとして、代表選手は互角の闘いを演じなければならない。先の特訓で、セイネはすでにそのために必要な力量を備えていることを証明した。


 だが、選手は双方5人ずつ。


 セイネだけではダメなのだ。


 才能の差がある、経験の差もある、だからセイネに敵わないのは仕方ない。そんなことを言っている場合ではない。


 自分もあと2週間でセイネと同じだけの力を手に入れないと、クロスロード存亡が、自分の将来がかかった闘いで、なんの役にも立てずに終わる。


 それだけは絶対にイヤだと。


 アキラは決意を新たにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る