第167話 大将②

 2体のジンは胸の中央にある半透明素材クリアパーツの円盤から放った魔法の光によって自らの主人パイロットを浮かびあがらせ、引きよせた。


 2人の体は固体であるはずの円盤が液状になったかのように、その中へとずぶずぶ呑みこまれ、機内亜空間コクピットへと転移した。


 そして、その闇の中で光で描かれた魔法陣の上に立つ。こうすることで搭乗者パイロットと魔神の四肢は同期して動くようになる──



 搭乗完了!



 するとドラグネットの機内亜空間コクピットで、セイネの前方の闇が晴れて機外の様子が浮かびあがる。前方にいるミーシャ機トロウルは、ミーシャが召喚時に使った釣り竿を拡大したような竿を手に持ち、足もとには魔法陣が輝いていた。


 あれは召喚時の魔法陣ではない。


 それは召喚の完了と共に消える。


 新たに現れた魔法陣は、魔神の出典元であるファンタジーロボットアニメ 〔魔神王マジンキングレアアース〕 に登場した魔法によって生みだされた。術者の意のままに移動できる魔法陣を作りだし、その上に乗って飛行するという魔法だ。


 この魔法はトロウルの機能と言える。


 ミーシャは生身では魔法を使えないが、トロウルに乗った時のみトロウルの覚えている魔法なら使えるようになる。


 その魔法陣はこのゲームクロスロード・メカヴァースでは空中騎乗物として操作する。



 ──対して。



 セイネのドラグネットは違う魔法によって空を飛ぶ。空飛ぶ魔法陣を作りだすのではなく、術者自身の体が意のままに飛行できるようにする。


 レアアース本編だと当初ドラグネットはこの魔法を覚えていなかったが、中盤にパワーアップして以降は使えるようになった。


 同様に、このゲーム内でセイネが入手したドラグネットでも初めはこの魔法を使えなかったが、自力飛行能力が求められるこの決闘のため原作再現の強化イベントを消化して使えるようにしておいた。


 操作は、他の自力飛行できる機体と同じ。


 研究会の大将セイネは自力飛行するドラグネットに乗って空中格闘戦スタイルで、同好会の大将ミーシャは他力飛行するトロウルに乗って空中騎馬戦スタイルで──試合の規定どおりに闘う準備が整った。


 それを確かめるオトヒメの声が響きわたる。



『両者、用意はよろしいか⁉』


「はい!」

『ええ!』


『それでは大将戦!』



 上空に浮かぶオトヒメの立体映像がその手にしたばちを構え──この姿が見れるのもこれで最後──そばのへと叩きつける!



『開始じゃーッ‼』


 ジャァァーン‼



 セイネの前方に広がる景色が一変する。


 競技場から専用空間へ転移させられた。


 最後の戦場は──海の上空。


 第1試合の時と似ているが、あちらにはなにもなかったのに対し、こちらには宙に浮かぶ大小の岩塊が点在している。


 宙に浮かぶ岩──浮遊島。


 現実ではありえない光景。


 このゲームの舞台の内ファンタジー成分を担当する地下世界インナーワールドの一地方、世界樹の周辺にも似た地形がある。世界樹は見えないので、ここは別の場所だろう。


 そして第1試合との最たる違いは、太陽が西に傾いて赤くなり周辺を茜色に染めあげて、まだ青い東の空とのあいだに紫を挟むグラデーションを生みだしているところ。


 東側にいるセイネからは、西側で魔法陣の上で仁王立ちになったミーシャ機トロウルは夕日を背にしているようで、いかにも強そうに見えた。



『良い場所ですわね』


「そうですね」



 落ちついた声で評したミーシャに、セイネも同意した。


 夕暮れの河川敷で殴りあった者同士が固い友情で結ばれるというのは古来よりのお約束。


 実際、自分たちは試合後にそういう感じで和解してみせて、対立している研究会と同好会の者たちもその雰囲気で流して和解させてしまおうという魂胆でいる。


 河川敷ではないが、河川敷で空中戦はできないので仕方ない。夕暮れなだけでも、その演出が高まってくれてありがたい。


 


『では、そろそろ参りましょうか!』


「ええ、行きますよミーシャさん!」


 バッ‼



 両機は同時に互いを目指して飛びだした。


 セイネは今、〔計画〕 どおりに相手と互角に闘える自信がなくて気圧されている。本音では先の第4試合でアキラがしたように〔地形の確認〕のために相手から距離を取りたいところだが、それはもうできない。


 アキラの時も観客席スタンドから不満が出た。そしてこれは、最も盛りあがるべき最後の試合。観客たちの選手の消極性を許さない姿勢も、第4試合より厳しくなっている。


 最初から最後まで観客を熱狂させる試合をしなければ──そのためには真っ向から突撃する以外に選択肢はなかった。それはミーシャのほうも同じだが──



『先手をいただきますわ!』



 まだ距離がある内からミーシャ機が釣り竿を振るった。竿から伸びる糸の先端の釣り針が、セイネ機の頭上へと降ってくる。



(落ちつけ、落ちつけ……!)



 網彦セイネは自分に言いきかせながら針の動きを観察し、ドラグネットを横に滑らせることで回避した──大丈夫、闘えている。



「今度はこちらが!」



 よけた分ズレた軌道を修正して、セイネはミーシャ機への突撃を再開した。ドラグネットの武器、機体全高と同じくらいの長さの三叉銛ファキナスの間合いには、まだ遠い。


 それだけミーシャ機の釣り針が遠くから飛んできたということ。この試合で飛び道具は禁止だが、釣り針は糸で竿と繋がっているので飛び道具とは見なされない。鞭のような扱いだ。


 リーチに差がありすぎるが、不公平とは思わない。


 釣り竿はその分、武器とするには扱いが難しい。こうして針をよけてしまえば、相手の手もとに残るは良くしなる竿のみ。それには耐久力も攻撃力も無いに等しい。



(それなら!)



 その竿でこちらの銛を受けとめられたり、反撃されてダメージを受ける心配はない。このまま距離が詰めて、まずは一撃──



 クイッ


(!)



 ミーシャ機の手もとが動いた。リールを回して糸を巻きあげている──だが遅い、糸を巻ききって釣り針を回収して再投擲可能になる前に、こちらの銛がとど──



 ガチッ!


「なッ⁉」



 外からの衝撃でドラグネットの針路がミーシャ機への衝突コースからズレた。これでは攻撃できない、のみならず、機体が思うように動かない⁉



『どっせーい、ですわ‼』



 視界が急激に動く。網彦セイネの明晰な頭脳はミーシャ機が引きよせた釣り針をドラグネットに引っかけ釣りあげているのだと瞬時に状況を把握できたが、対応する余裕はなかった。

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