第166話 大将①

「オォーッホッホッホ‼」



 後ろ歩きで初期位置に到着したセイネが振りかえると、対称の位置に立つ金髪縦ロールのお嬢様──空中騎馬戦同好会の会長ミーシャが高笑いを上げた。


 あれが彼女の代名詞。


 その笑い声だけで高慢ちきな 〔悪役令嬢〕 というキャラクター性を理解させる。


 もっとも彼女はあのキャラのまま同好会の会長を務め、会員たちからは人柄を慕われているらしいので、本人的には 〔悪役〕 という属性まで付与しているつもりはないのかもしれない。


 だが集会中に送りつけられた動画メールによって、あのノリで喧嘩を売られた空中格闘研究会の会員たちからすれば悪役以外の何者でもない。



「とうとう決着の時が参りましたね、セイネさん!」


「ええ。わたしたちの闘いも、これで終わります!」


「第2試合では不意討ち、第4試合では機体の性能頼りとはいえ、我らを相手に2勝したこと、まずは褒めてさしあげますわ」



 褒めると言いながら、けなしている。


 特に第4試合でのアキラの勝因については自軍の副将のサラサラリィが 〔誰にも文句は言わせない〕 と言ったのにケチをつけている。


 憎たらしい。



「ですが、それもここまで! この大将戦にて会長のわたくし自らチームの勝利を掴み、我ら同好会があなたがた研究会より受けたじょくすすぎ、空中騎馬戦の空中格闘戦への優位性を証明してみせますわ‼」


‼ ワーッ ‼


‼ ブーッ ‼



 ミーシャの宣言に、向こう側の観客たちが歓声を上げる。対してセイネの背後からは、それに反発するような罵声が上がった。


 下火になっていた対立ムードがややぶりかえしてしまったが、仕方ない。研究会と同好会はまだ和解していない。ミーシャは研究会を恨む同好会員たちの代表としてこの場に立っている。その役割を演じる身として、今の発言は完璧だった。


 そう。演じている。



「当方による非礼についてはお詫びしました! この決闘でどちらが勝とうと空中格闘戦と空中騎馬戦そのものの優劣が決まるわけではありません──ただし!」



 セイネも敵対ムードで言いかえす。



「空中格闘戦を真摯に研究してきたわたしたちの力は、これまで空中騎馬戦を鍛錬されてきたあなたがたにも負けないのだと、わたしこそ証明してみせます‼」


‼ ワーッ ‼


‼ ブーッ ‼



 真実を知らぬ者たちは誰も思うまい。互いに敵意を燃やしている会長同士が、裏で繋がって両会の和解を目指す 〔計画〕 を推進しているなど。


 2週間前──


 空中格闘研究会の初集会の閉会式にミーシャたち空中騎馬戦同好会から決闘を申しこむ動画メールが送られてきた、その日の内にセイネは〔計画〕を発足した。


 研究会からはアキラ、カイル、エメロード、アルアルフレートオルオルジフ。そして偶然にも同好会に入っていたクライム、サラ。信用できる7人を集めて 〔計画〕 を話し、その実行メンバーとなってもらった。


 そして翌日には、同好会員であるクライムとサラの伝手を頼り、同好会長のミーシャと密かに会って 〔計画〕 に協力してくれるよう直談判した。


 その時セイネも、ミーシャの人柄を知った。


 スカイリムジンの中で話した彼女は口調こそお嬢様っぽいままだったが、今や動画メールの時のような悪役らしさはまるでない、誠実な人物だった。


 同好会側の苦しい事情を打ちあけながらも、不快な想いをさせて申しわけなかったと謝罪してくれた。


 以来、彼女とは表では敵対しながら裏では連携して、報連相のやりとりなどで仲良く交流している。もうすっかり友達……なのだが。


 網彦セイネは彼女を好いていなかった。


 会談の時からセイネはミーシャを責めるようなことは言わず、常に友好的に接してきたが、それは 〔計画〕 のためには敵方のトップである彼女を抱きこむ必要があったから。


 ご機嫌を取っているだけ。


 本当は彼女に怒っている。


 また、彼女が自分に向ける劣等感も迷惑だった。


 自分と同じXtuberクロスチューバーで、動画登録者数は自分の1/5の100万、そんな彼女が劣等感をいだいてしまうことは仕方ないと思えるが、今回は実害が出ている。


 彼女は発言の節々から 〔なにをやってもセイネには敵わない〕 と思っているらしいことが察せられるが、それは認知の歪みと言わざるをえない。少なくともこのゲームでの戦闘力では彼女のほうが上だろうに、彼女自身は全くそう思っていない。


 自分は今、実力がミーシャに届かず互角の闘いを演じることすらできないと怯えているのに、団体戦が始まる前に話した時のミーシャは〔わたくしがセイネさんに敵うはずないですので、ちゃんと手加減してくださいましね〕 などとのたまっていた。


 冗談じゃない。



「オホホホホ! 吠え面かかせてさしあげますわ!」


「そっちこそ! 赤っ恥かかせてあげますからね!」



 そんな本心のセイネなので、不仲の演技にも熱が入った。そして舌戦がヒートアップしてきたところで、自分たちと同じXtuberクロスチューバーで中立の立場で司会を頼んでいるオトヒメが、痺れを切らしたように聞いてきた。



『のう、そろそろよいか……?』


「はい!」


「よろしくてよ!」


『それでは両者、搭乗‼』



 セイネは所持品欄から漁網を取りだした。同時にミーシャのほうは釣り竿を取りだしている。バニーガールのセイネが漁網、お嬢様のミーシャが釣り竿、どちらもシュールだ。



「「マジカルキャスト‼」」



 セイネが前方に投げた網が円形に広がりながら試合場フィールドに落ちて、その外周に並ぶおもりたちが光を放ち──円の中に六芒星が内接する魔法陣を描きだす。


 向こうではミーシャが釣り竿を頭上で回し、竿から伸びる糸の先端の釣り針で地面に円を引くと、その円が輝きだし内部に六芒星の光も現れて、こちらと同じ魔法陣を描いた。



「ドー・モセイ・ネデース!」

「ドー・モミー・シャデース!」



 呪文を唱えると、それぞれの魔法陣から光の柱がそそりたつ。



よりでよ、ジンドラグネット‼」

よりでよ、ジントロウル‼」



 2つの魔法陣の下の地面が隆起し、光の柱の中で形を変えていき──それぞれ全高40メートルの巨人の石像となった。これらはロボットアニメ〔魔神王マジンキングレアアース〕 に登場するメカ、ジンの一種。


 セイネの 〔ドラグネット〕 は三叉銛ファキナスレテで闘う古代ローマの網闘士レティアリウスの姿。そしてミーシャの 〔トロウル〕 は北欧の巨人型妖精トロルの姿をしていた。

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