第165話 不安

‼ ウォォォォォーッ ‼



 セイネが通路を抜けて試合場フィールドに姿をさらすと、観客席スタンドの熱狂は最終試合にふさわしく最高潮に達していた。



「セイネたーん! がんばれー‼」


「会長ー! 勝ってくださーい‼」



 セイネを人気Xtuberクロスチューバー──アイドルとして応援する声、空中格闘研究会の会長として信頼する声。立場は様々だが、いずれも好意的。


 空中格闘研究会と空中騎馬戦同好会の選手が東西の入場口から出てくるのに合わせて、観客席スタンドも東側に空中格闘研究会の会員とその支持者、西側に空中騎馬戦同好会の会員とその支持者が座るように調整されている(中立の者は適当に)。


 つまり入場口の付近には味方しかいないわけだが、味方といえど情けない試合を見せて怒らせていれば罵声を飛ばされることもある。それがないだけでもセイネの 〔計画〕 は順調と言える。



「はーい♪」



 声援に答えるようセイネは振りかえり、入場口の上に広がる観客席スタンドへ手を振って愛想を振りまきながら、後ろ歩きで試合開始時の選手立ち位置へと進んでいく。


 そうしながら観客席スタンドを見渡し、聞こえてくる声に耳をすまし、様子をうかがう……



 雰囲気は、悪くない。



 セイネの、そしてチームの勝利を願って応援してはいるが、そこに対戦相手への怨恨は感じない。


 〔同好会のクソどもを倒してくれ〕 のような物言いは聞こえない。まだ内心そう思っている者はいるだろうが、全体的にそういうことを言える雰囲気ではなくなっている。


 観客席スタンドで斥候をしてくれているアルアルフレートからの報告どおりだと、セイネも肌で感じた。


 全く、順調だ。


 双方の選手が互角の闘いを演じて観客を熱くさせ、試合後に互いを称えて見せて感動させる。それはここまでの4試合中、第2試合を除いた3試合で成功させている。


 第2試合で上手くいかなかった分も、第3・第4と連続で成功させたことで挽回、もうすっかりそういう雰囲気になっている。


 あとはこれから、双方の会長同士による最後の試合でも同じように観客を魅了し、試合後のトークでは互いを認めて両会の対立そのものの解消を宣言するだけ。


 それで 〔計画〕 は成就する。


 これはもう、ほとんど成就したも同然と、アキラが楽観するのも無理ない話だった。そう信じている彼の前で、本当のことなど言えなかった。



(自信ない……!)



 不安で心臓がはちきれそうだった。これまでずっと、何事もそつなくこなしてきた網彦にとって、ここまで緊張するのは生まれて初めだった。


 自分がこれほどまでに弱気になっているなどと、アキラは夢にも思わないだろう。彼の中でセイネとは、びき あみひことは、それだけ絶対的な強者なのだ。


 IQ150の天才児。


 さすがに完全無欠とまでは思っていないだろうが、少なくともこの局面で不安要素などないと全幅の信頼を置いてくれている。それは買いかぶりなのだが、アキラに非はない。



(ぼくの自業自得、だね)



 素直に弱音を吐いていれば、アキラは理解してくれただろう。それは分かった上で、網彦はそうしてこなかった。この 〔計画〕 の成否に将来がかかっているアキラに、これ以上の不安を与えたくなかったから。


 それで網彦は研究会と同好会との和解を目指す 〔計画〕 を提案・主導して、己が天才ぶりをアキラに見せつけてきた。そうすることでアキラの不安は和らげられただろうが、その代償として彼からの過大評価も進行してしまった。


 結果、誤解された。


 他のことならともかく戦闘面でも頼もしい存在だと。自分たち空中格闘研究会の選手の中で最強のプレイヤーであり、空中騎馬戦同好会で最強だという対戦相手のミーシャとも互角なのだと。


 だから 〔計画〕 としては別に勝たずとも互角の勝負をするだけでいい次の試合は上手くいくに決まっていると、アキラだけでなく他の仲間たちも信じているようだ。


 楽観的だったアキラとオルオルジフだけでなく、慎重だったエメロードとカイルも油断を戒めていただけで網彦セイネの実力を疑ってはいなかった。



⦅セイネは油断なんてしないよ⦆


⦅ふふっ、まぁね⦆



 油断などするわけがない。それは油断しないから互角に闘えるということではない。油断などしていられる余裕はないという意味だった。


 自分はきっと、ミーシャより弱いから。


 昨日までの2週間の特訓中、ミーシャと互角というサラサラリィと互角に闘えるようになることで、今日の本番に求められる実力をつけるという目標を、確かに網彦セイネは達成した。


 だからミーシャとも互角に闘えるはず、という理屈に異論はない。しかし網彦は、自分がその目標を誰よりも早く達成して研究会最強というポジションに収まっていることに、強い違和感を覚えていた。


 同様に特訓中にサラと互角に闘ってみせて、この試合の選手にもなった仲間はエメロード、カイル、オルの3人。そしてオルとはこのゲームクロスロード・メカヴァースを始める前、別のウィズリム対応VRゲームの 〔クロスソード・メタヴァース〕 の中で出会って以来のそこそこ長い付きあいだ。



 オルは、強い。



 クロスソードでも彼とよく一緒にいた、プレイヤーが剣術家だというアルアルフレートには及ばなかったが、そんなオル自身もクロスソード屈指の強さを誇る上級プレイヤーだった。


 対して自分は、せいぜい中級。


 クロスソードでも有名ではあったが、それはXtuberクロスチューバーとしての名声によるもの。プレイ動画も配信したが、それは上手いプレイを見せつける性質のものではなく、上手くできずに悲鳴を上げるなどして初心者にも親しみやすくゲームを紹介するものだった。


 そんな自分が、オルと同格?


 別にアバター操作技術はクロスソード時代から上達していない。今でも地上でオルと戦えば瞬殺されるだろう。


 クロスソードにはなかった空中戦が地上戦とは勝手が違い、地上での実力がそのまま反映はされないため、空中格闘戦においては自分などがオルと互角という奇妙な事態になっている。


 頭では分かっている。


 今、地上での強さは関係ない。問われるのは空中戦での実力。だが染みついた 〔自分はオルより格下〕 という認識が、自分が彼と同じように闘えるという想定を受けつけない。


 オルと互角なサラと互角なミーシャ。彼女と闘えば瞬殺されて、ここまで来て 〔計画〕 は台無しになるのではないか。そんな不安が、セイネの頭からは離れないのであった。

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