第164話 信頼

 バトルフィールドから競技場へ生身アバター1つで帰ってきたアキラとサラサラリィは、観客席スタンドに囲まれた試合場フィールドの中央で向きあった。



「お疲れ~、少年♪」



 サラの声は朗らかだった。本心は分からないが負けた悔しさなど少しも感じさせない。いつもどおり人をからかうような、それでいて親しみに満ちた温かい声に、アキラは気分がほぐれた。



「お疲れさまです」


「ちょっと聞きたいんだけどさ、最後の攻防の前に少年が勝利予告したのって、あたしによけたり、やりすごしたりさせず、真っ向から受けさせるよう誘導する挑発だった?」


「は、はい。あなたの性格なら受けてくださるだろうな、と」



 アキラは多少、他人行儀に答えた。


 普段なら 〔あなた〕 ではなく 〔サラさん〕 と呼ぶが、自分たちが親しい仲なのは大多数の観客には秘密だから。サラのほうは 〔少年〕 呼びが変わっていないが、これくらいなら大丈夫か?



「よくもハメてくれたな~?」


「すっ、すみません! 勝つためにはなんでもやらなきゃと思って、その」


「なーんてね! いーんだよ、それで。あたしも分かってて乗ったんだし」



 おどかさないでほしい。



「でも、そう思ってたのにりゅうけんのことは直前まで忘れてました。それを使って勝つって発想がなくて」



 それは特訓の弊害だった。


 2週間の特訓のあいだ、参加メンバーたちはメカに乗らず生身アバターのまま稽古した。愛機のサイズがバラバラなメンバーたちの条件を揃えるために。


 その状態ではメカ固有のスキルは使えない。もっともアキラは生身アバターが持つほうの 〔しんけんすいてんまる〕 でも屠龍剣を使えたのだが、それを使っても空中戦の練習にならないと封印していた。


 そこで意識が固まって、本番のメカ戦になっても解禁するのを忘れていた。昨夜ドッペルゲンガーと戦った時には屠龍剣を使ったので、存在自体は忘れていない。


 ただ──



「この試合で勝つには自分自身の戦闘技術であなたを上回らないといけないって思いこんでたみたいです」


「分かるぅー! あたしも屠龍剣のことは100パー忘れてた! でも助かったよ、少年が覚えてたら初めの鍔ぜりあいの時にやられてた。それじゃ楽しむ暇もなかったもん!」


「合言葉1つで攻撃力がハネあがる……ファンタジー作品出身の翠天丸だから持ってて、現実出身のSVエスブイにはないスキル。それ使って勝つのは、やっぱり卑怯でしょうか」


「んーん」



 サラは首を横に振った。



「あたしはさ、闘いなんていっくらでも卑怯で結構だと思ってるクチなんだけど。そんなのは卑怯の内にも入らないと思うよ?」



 そして、両手をバッと広げる。



「だって、ここは色んな世界のメカが共演するクロスロード・メカヴァース! この試合に限っても、どの機体を選んでもいいルールで、少年はなにも違反してない。あたしもSVの不利は承知の上であの機体を選んだ。とやかく言うほうがダメっしょ!」


「そう言ってもらえると、気が楽になります……でも、一度見せちゃったから、同じ手は二度と通用しませんよね」


「当然! 次は負けないから! ──だとしても、その一度目を少年がここで使って勝った事実は揺るがない! 誰にも文句は言わせない……この試合、君の完全勝利だよ、少年‼」


「ッ……はい‼」



 アキラがサラとがっしり握手すると、会場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。





「アキラ、お疲れさま‼」

「がんばったわね、アキラ‼」」

「坊主、よくやった‼」

「アキラ……!」


「お父さん、お母さん、オルさん、セイネ。ただいまぁ」


 へなへな



 選手控室に戻ったアキラは、駆けよってきた仲間たちに力なく答えた。観客たちの目の届かない所まで来たとたん気が抜けて、どっと疲れが押しよせていた。


 サラに勝てた。


 勝つつもりで全力で闘うという、彼女との約束を果たせた。


 そして闘いに専念するため途中から意識の外に追いやっていた他のプレッシャー源も思いだし、それらもクリアできたことに、達成感はまだなく、今は安心感しかない。



「セイネ」


「なに?」


「ボク、上手くできたかな。〔計画〕 どおりに」


「もちろん!」



 発案者のバニーガールが力強くうなずく。



「観客からは試合開始後すぐ闘わず上空に移動したのが消極的だって声もあったけど、そんなの以降の熱闘ですぐ吹き飛んだわ。最後の攻防も大盛りあがりだったし、試合後のやりとりにも感動してた──パーフェクトよ!」


「良かったぁ……そろそろ空中格闘研究会と空中騎馬戦同好会の人たちの対立感情も和らいできたかな」


「ええ。観客席スタンドで様子をうかがってもらっているアルさんからの報告だと、相手へのヘイトを口にする研究会員や同好会員はかなり減ってるって。内心まだ反感のある人はいるでしょうけど、双方の健闘を称える声が大きくて、水を差すようなことは言いづらい空気になってるみたい」


「いい流れだね……最後の試合の前に、そこまで持ってこれて良かった。2勝2敗にしてチームの勝敗も大将戦で決まるようにして、消化試合じゃなく盛りあがる大将戦にするって課題もこなしたし。もう 〔計画〕 は成ったも同然だね」


「もう、気が早いわよ。その大将戦はこれからなんだから」



 セイネが苦笑する。



「でもさ、その大将戦ではもう勝敗はどっちでも良くて、ノルマは互角の熱闘をくりひろげることと、試合後の和解のやりとりだけじゃん。セイネなら余裕でしょ?」


「えぇ……」


「確かにな! セイネのネーチャンは特訓中、真っ先にサラと互角に闘えるようになったんだ。そのサラと互角だっつう向こうの大将とだってやりあえらぁ‼」


「あの、オルさん……わたしも特訓中にサラさんと互角になれましたが、第1試合でサラさんやミーシャさんより格下だというアクアマリン選手に苦戦しましたので、油断は禁物かと」


「そうですね、初めてで慣れない相手でしょうし」



 アキラの意見に同調したオルにエメロードカイルは慎重論を唱えたが、それでもアキラに不安はなかった。



「セイネは油断なんてしないよ」


「ふふっ、まぁね」



『第5試合を始める! 空中格闘研究会・大将、セイネ選手! 空中騎馬戦同好会・大将、ミーシャ選手! 試合場フィールドへ参られよ‼』



「──では、いってきます!」


「いってらっしゃい!」

「応援してます」「リラックスよ!」

「頼んだぜ、大将!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る