第168話 大将③

 ドガァァァッ‼



 網彦あみひこの手足にふれているウィズリムの操縦桿スティック足踏桿ペダルが触覚フィードバック機能によって震え、彼のアバター・セイネが搭乗中のメカ・ドラグネットに加わった衝撃を伝えた。



(岩か!)



 衝撃の原因は見ずとも分かる。


 ドラグネットはミーシャ機トロウルの釣り竿の釣り針に引っかけられ、釣りあげられて振りまわされ、周囲にあった浮遊島の1つへと背中から叩きつけられたのだ。


 この空域、他にぶつかるような物体はない。



(くそっ、結構ダメージが!)



 網彦の視界に浮かぶ自機のステータス表示で、HPを示すバーが2割ほど減っていた。つまり今と同じ攻撃をあと4回、誤差があっても5回、受ければHPが0になり撃破される。



(微妙な数だな)



 大したダメージとは言えない。こちらの三叉銛ファキナスは、その鋭い穂先を上手く当てれば一撃で相手のHPを0まで削りきるだけの攻撃力を備えているのだから。


 だが、こちらからは一撃も当てられないまま同じ攻撃を食らいつづけて撃破される展開も、このままでは充分にありえると網彦は判断した。


 ミーシャが釣り竿を使うことも、その腕前も、事前に調べて知っているつもりだった。だが、一度よけられた釣り針を巻きあげる過程で獲物に引っかける今の芸当は網彦の予想を超えていた。



想定外イレギュラーだ……!)



 今の自分は自信のなさから実力を出しきれていないと、網彦は冷静に分析していた。だが、そのことがなくても互角に闘えるか怪しいほど、ミーシャは思っていた以上に強かった。



『まずは1本、いただきですわ!』



 そう言いながらミーシャはリールを巻いて、釣り針を竿の先端まで回収していた。針はこちらを投げた時にドラグネットから外れていたらしい。



「でしたら、今度はこっちの番!」



 観客の目がある、いつまでもジッとしてはいられない。網彦セイネはドラグネットを飛びたたせた。背中と足裏のスラスターを噴かしてミーシャ機──ではなく、そのやや上方を目指して前進する。


 そうしながらドラグネットが両手で持っていた銛を左片手に持ちかえさせ、メニュー操作で所持品欄から漁網を取りだし、空いた右手に装備させる!



『むっ!』


「そちらが一本釣りなら、こちらはあみです!」


 バサァッ‼



 セイネがドラグネットを召喚する時に使った漁網、それをジンサイズに拡大したような巨大な網を、ドラグネットはミーシャ機の頭上で広げながらほうった。


 その網の範囲は、広い。


 魔法陣で他力飛行しているミーシャ機の機動力では、その範囲外まで逃げることは不可能。やがて網はミーシャ機の上に落ちて、その身に絡まるだろう。そうすればミーシャ機は満足に身動きが取れなくなる、そこをドラグネットが銛で突けば終わりだ。


 この手は使いたくなかった。


 あっけなく勝負がついてしまって観客ウケが悪いだろうから。しかし普通に闘っては自分が一方的にやられる展開になってしまい、それも 〔計画〕 で目論んだ 〔熱い接戦〕 とは程遠い。


 あちらが一本釣りという漁の技術を転用した攻撃をしてきたので、こちらも漁の投網でお返し──という大義名分に背中を押され、セイネは衝動的に禁じ手を使ってしまった。



『それッ‼』


 ビュッ‼



 ミーシャは網に絡まれるのを大人しく待ちはしなかった。釣り竿を一振りし、伸ばした糸と釣り針を頭上の網に叩きつけた!


 網は糸によって絡めとられ、逸らされ、ミーシャ機本体に当たることなく、その前方を通過して落ちた。そして針に引っかかったまま竿から宙に吊りさげられる。



「でも、これで竿は封じました!」



 セイネもミーシャ機の対応をただ眺めていたわけではない。すぐトドメを刺せるよう、ミーシャ機の頭上を目がけて急降下していた。


 ミーシャ機は重い網をぶらさげたままの釣り竿はもう使えない。竿を捨てて素手で応戦するしかないだろう。それなら武器を持っているこちらが圧倒的に有利!



「もらった‼」


『なんのッ‼』


(⁉)


 ガイィィィンッ‼



 セイネの予想どおり、ミーシャ機は素手で対応してきた。こちらが突きおとした銛を、その穂の根もと辺りを横から手ではたくことで軌道を逸らして防いだ。


 2週間の特訓中に何度も対戦した、アキラの母エメロードも徒手空拳スタイルだったが、それにも劣らぬ見事な腕前。だが、それくらいは想定内レギュラーだ。


 想定外イレギュラーだったのは、ミーシャ機が素手に移る際、持っていた釣り竿を 〔手放した〕 のではなく 〔消した〕 ことだった。



「しまった……!」



 急降下突撃が不発に終わったことで、ミーシャ機から距離を取りながら姿勢を起こしてスラスターを下方へ噴射、落下にブレーキをかけながら、セイネは眼下に落ちた網を忌々しく見送った。



 ぼちゃん



 ミーシャ機の釣り竿が消失したことで、その針と糸に絡まっていたドラグネットの網は解放されて自由落下していた。


 そして今、海に沈んで回収不可能となってしまった。ドラグネットで海に飛びこんで網を回収しようにも、試合のルールで機体が海面にふれたら失格となるから。



『ホホホホホ、残念でしたわね』


「う~っ! く、悔しい……!」



 一方、ミーシャ機の手には一度は消えた釣り竿が現れていた。


 このゲームでは所持品はふれている状態なら所持品欄という、あえて理屈をつければ一種の亜空間にしまえる。


 あの瞬間ミーシャは釣り竿を手放すのではなく、メニュー操作を行って所持品欄に格納した。それで釣り竿はバトルフィールドから一時消失し、今またメニュー操作で取りだされた。


 それだけのこと。


 だがメニュー操作は手間で、手放すほうが圧倒的に早く済む。それなのに急降下してきているドラグネットがすぐ間合いに入るという状況で、慌てずメニュー操作を実行した。



(なんて胆力だ……!)


‼ す、すげーっ ‼



 今ミーシャが凄いことをやってのけたということは全員ではないしにろ観客たちにも分かったらしい。それで盛りあがっているのは 〔計画〕 の上でも喜ばしいことなのだが、セイネはそんな気分になれなかった。


 このままでは負ける、のは構わないが、こちらが一度もいいところを見せられないまま終わったら接戦とは言えない。これまでの試合(第2試合を除く)と比べてもショボすぎる。最終試合がそれでは観客たちを感動させることなど不可能だ。



 〔計画〕 が破綻する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る