第23話 船出

「機関、始動!」



 アキラたちのいる船体中央の上甲板より後ろ、建物1階分ほど高くなった船尾楼の上から声が降ってきた。見上げると、操舵輪を握った他より立派な服装のNPCノンプレイヤーキャラクターエルフの男性の姿。



「機関、始動!」



 名前アイコンに【船長】と書かれたそのエルフの号令に、今しがたアキラたちに出港していいか聞いてきたNPCドワーフの男性──名前は【機関長】──が復唱する。


 そして機関長は上甲板の中央に置かれた機械仕掛けの聖火台らしき装置をガチャガチャと操作し、叫んだ。



「点火‼」


 ゴッ‼



 聖火台から猛烈な炎が噴きあがった。長く伸びた炎の先が、上にある紡錘形のガス袋の、底にあいた丸い穴へと吸いこまれる。ややしぼんでいたガス袋が、徐々に膨れていく。


 飛行船のガス袋は密閉されていて中に空気より軽いガスを充填するのが多数派だが、この船のように 〔熱飛行船〕 と呼ばれるタイプでは密閉せず中の空気を熱することで浮力を得る。


 熱気球と同じように。



「「わっ」」



 足もとがグラついて、アキラはレティと声を上げた。船が軽くなり、浮上しだしている。そこへ船長の次の指示が飛んだ。



いかりを上げーい!」


いかりを上げろォ!」



 船の前のほうから復唱があった。ここからは見えないが、川底に垂らして船を固定していた錨を巻きあげているのだろう──船の上昇が、一段と早くなった。



「ガンダールヴル号、発進‼」


「「わーっ!」」



 アキラはレティと舷側に駆けよって手すりにしがみついた。真下には河港と、傭兵ギルド宿舎の上からの眺め。顔を上げれば 〔始まりの町〕 の端から端までが見渡せた。


 その景色もすぐに下へ、そして後ろへと遠ざかっていく。熱飛行船 〔ガンダールヴル号〕 は急速に上昇しつつ前進していた。


 出港までその上にいた大河の、大地を蛇行する姿。セイネと一緒に遠征した大草原。ゴブリンが巣くう洞窟がある山。これまで地上から見た景色が眼下に広がる。


 今までより遠くまで見える地平線。


 その上に広がる青空に、流れる雲。



「「は~っ」」



 2人は、すっかり見入っていた。


 そこに、オルの低い声が響いた。



「そんなトコにいると落ちるぞ」


「「ッ⁉」」



 2人は手すりから飛びのいた。言われてみれば、この柵は低すぎて心細い。これでは船が少し横に傾いたら簡単に船外に投げだされてしまう──



「オル! 悪質なデマはやめぬか‼」



 アルの叱責が飛んだ。


 オルは口笛を吹いた。



「大丈夫でござるよ、おふたりとも!」


「「ちょっ⁉」」



 アルは腰の刀の鞘を左手で押さえると、甲板を走って柵を跳びこえるようにジャンプした──が、体が柵を越えるかと思ったところで見えない壁に弾じきかえされ、甲板に着地した。


 結界が張ってあるらしい。


 考えてみれば、空飛ぶ乗物の外面になど立てば強風に吹きとばされてしまう。この船体上部は見た目こそ開放的だが実際は密閉されていたのだ。



「ほれ、このとおり!」


「分かりましたけど、心臓に悪いです」


「てか、オルさん! 騙したわね⁉」


「ワリィ、冗談が過ぎたな。お詫びに、2人の神剣の強化イベントはオレに任せてくれ。無料で鍛えなおさせてもらうぜ」


「……許します!」


「え、ボクのも⁉ ありがとうございます‼」



 アキラのしんけんすいおうまるとレティのしんけんおうまるは原作 〔しんえいゆうでんアタル〕 でパワーアップイベントがある。それがこのゲームでも再現できる。アキラは今から楽しみになった。



「そういえば、アルさんの刀もオルさんが?」


「ん、いや。それはオレが鍛えたんじゃねぇ」


「なぜなら──」



 レティが口にした疑問をオルが否定し、アルが続けながら己の腰の大小二本差しを二振りとも鞘から抜いた。右手のだいとう、左手のしょうとう、その銀色の刀身が聖火台の炎をギラリと照りかえす──



「これらは竹光たけみつゆえ」


「……え⁉ 時代劇で使う、竹で作った日本刀の偽物の?」



 竹光たけみつ、またはぎん竹光たけみつ


 その刀身が銀色なのは。


 銀紙を貼っているから。



「左様。まぁ竹ではなく木製でも竹光と言って、これもエルフの森のオークの木でできているのでござるが」


「オークは硬い木らしいけど、それでも木でしょう? え、アルさん、竹光であの太い木を斬ったんですか⁉」


「いやいや、そこは拙者ではなく鉄の刀と同等の攻撃力が設定されているこの竹光が特別製なんでござるよ。この船に使われているのと同じ、エルフの植物硬化技法で作られたのでござる」


「あ、な、なるほど」


「それはドワーフの得意な、そしてオルも伸ばしておる金属加工技術である鍛冶技能とは別物でござるからな。オルにこの刀を作ることはできないんでござるよ」


「ケッ。作れても作ってやんねーよ。ゲームの中でまでオメーの刀を作らされんのは御免こうむるぜ」


「「え?」」


「「あっ」」



 オルの台詞を聞きとがめたレティとアキラの声に、オルとアルはいかにも 〔しまった〕 という声を上げた。聞かなかったことにしよう、アキラはそう思ったが──


 レティがオルへ身を乗りだした。



「オルさん、やっぱりリアルでも鍛冶屋さんなんですか⁉」


「ちょ、レティ! リアルのこと聞くのはマナー違反だよ!」


「あっ、ごっ、ごめんなさい!」


「いや、いい。気にすんなって」



 オルは肩をすくめた。



「隠すほどのこっちゃねぇ。リアルのオレは国家資格を持つ本物の刀鍛冶だ。アルがリアルで古流剣術やってることは聞いてんだろ? オレはそいつの稽古用の日本刀を作ってやってんのさ」


「「本物の、刀鍛冶……!」」


「あ~、それよりレティ嬢ちゃん、さっき 〔やっぱり〕 って言ったよな? オレがリアルでも鍛冶師だって、いつ気づいた?」


「お店でアタシの剣を直してくれた時です。金槌を振るうオルさんの動き、オートじゃないっぽかったし、それでいてこなれた感じがしたので、なんとなくそうじゃないかなって」


(気づかなかった……!)



 アキラはオルのその動きをレティの倍の2回も見ているが、そんな考えは浮かばなかった。レティの洞察力は自分よりも鋭いのか──


 劣等感に胸がチクッとした。



「へっ、それで気づいてくれるなんて嬉しいじゃねぇか。アルの剣技は見ても分かんなかったって話だが、そっちが分かりゃあ充分よ」


「えへへ」


「くぅ~っ! 今度こそは拙者の実力も分かってもらえるよう、がんばるでござるよ‼」

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