第94話 教習②

ぜん………………ゆう……じょう…………」



 VCヴァリアブルクラフトアドニスの操縦権を得たアキラは、まず左スティックを3軸6方向に順次スライドさせ、機体をその方向に位置移動トランスレーションさせていった。難しいことはなにもない。


 次は回転運動ローテーション


 こちらも先ほど母がやってくれたように、まずは右スティックを前後左右に傾けることで機体を同方向に回転させる。途中、頭が下を向くので結構、怖い。それぞれ360度、計4回転。


 そして右スティックを上から見て時計回り↻にひねることで機体を右旋回、反時計回り↺にひねることで左旋回させる。今度は頭が下を向かないので楽だ。こちらも1回転ずつ。


 3軸の移動。

 3軸の回転。


 合わせて6自由度。


 これでひととおり。


 アキラは前部座席の母に報告した。



「終わったよ」


「はい、よくできました! それじゃ、これらを同時に使って自由に飛んでみて? 練習に、空中に浮かんでる立体映像のリングをくぐるといいわ。ぶつかっても、すりぬけるから安心して」


「うん!」



 アキラは左右のスティックと左右のペダルをフルに使って機体を飛ばせた。


 基本的には左スティックを前に押して前進させながら、右スティックによる回転でカーブすることで針路を調整する。


 そうして機体がリングの中を通過するように誘導し、外れそうな時は左スティックの上下と左右で機体をそちらにズラして位置を調整する。行きすぎて戻りたい時は左スティックで後退する。



「こんな感じ?」


「ええ、いい感じ」


「えへへ」


「それじゃ次は、物理法則を解禁するわね」


「えっ──うわッ⁉」



 ガクッ! と機体が落下を始め、アキラは反射的に左スティックを上に引っぱった。機体が上昇する力が働き、落下がとまる。


 これまでは物理法則の一部が、ないものと扱われていたのか。機体の機能ではなく、ゲームシステム側の訓練機能の設定で。


 だから操縦者が入力しない限り機体は動かなかったし、入力をやめたとたんに機体はピタリと静止した。だが、それは現実ではありえないことだ。


 重力と慣性を無視している。


 地球には重力があるのだから空中でなにもしなければ落下する。世界には慣性があるのだから動きだした物体はその力を相殺せねばとまらない。それはこの仮想現実でも同じこと。



「よっ、と!」



 物理法則を取りもどした世界で、改めてアキラは機体を操った。さっきと感覚が変わって、かなり扱いづらい。


 滑る!


 今は三次元の立体的な動きをしているが、二次元の平面でたとえるなら、雪が融けて氷結した路面を歩いているような。


 入力していない方向に機体が勝手に動くのには最初ストレスを覚えたが、徐々に慣れていく。滑り具合を覚えて、それを計算に入れて操縦し、イメージと実際の挙動のズレを減らしていく。



「くっ……どうだ!」


「上出来よ、アキラ」



 しばらく練習すると、物理法則無視状態の時には遠くおよばないが、なんとかリングをくぐれるようになった。



「じゃあ、最後の機能を教えるわね」


「まだなんかあったの?」


「加速よ。これまでずっと一定のスピードだったでしょ? 左スティックを動かすだけの入力だと最低限の出力しか出ないの」


「そっか! つまり、ダッシュ機能?」


「そう。それは左スティックについてるトリガーでするの。引くほどに推進器スラスターの出力が高まって、左スティックで入力してる位置移動トランスレーションが速くなるわ」


「やってみるね!」



 アキラは先ほどと同じように機体を飛ばし、適当なところで左スティックのトリガーを人差指で手前に引いた──



 ギュンッ!



 とたんに加速して、怖くなって人差指を前に押した。人型アバターの操作では手の開閉に用いるトリガーは、輪っかの中に人差指を突っこむ形になっていて、前後ともに動かせる。


 機体が元の速度に戻ったら、アキラは今度はゆっくりトリガーを引いていった。そうして、どれだけ引けば、どれだけ加速するかを掴んでいく。


 そうしたら今度は加速機能も使って光のリングをくぐっていく。空を飛ぶ爽快さが段違いになった。ただ、速度を出すほどカーブや微調整が難しくなるので、適切な加減速が大切と分かる。



「はぁっ! 難しいね!」


「それはこれから上手くなっていけばいいわ。操縦の仕組み自体はもう完璧に身についてる。巡航形態での教習はおしまい。次はいよいよ人型での飛びかたね。操縦権を母さんに返して?」


「うん。操縦権を譲渡ユー・ハブ・コントロール!」


操縦権を受理アイ・ハブ・コントロール!」





「変形はウィンドウ操作か、機体の原作どおりの合言葉による音声入力で行うわ。アドニスには原作のコスモスで合言葉なんてなかったから、共通のを使うの──トランスフォーメーション!」


 ガシャン!


「……あれ、もう変形した?」


「そうよ、周りを見てみて?」



 コクピットの壁面に映る機外の様子は、変形時のものらしき音がする前後で変わっていないと思ったが、母に言われて改めて辺りを見渡してみると……変化に気づいた。

 

 右下に機体の右肩が、左下に左肩が見える。全周囲モニターの視点が、人型の頭部から見たものに変わっている。アドニスは戦闘機の姿の巡航形態から、人型形態に確かに変形していた。


 その姿は覚えている。


 巡航形態で先端のとんがりコーンとその後ろのコクピットまでの部位は、人型形態では胸部になる。そして巡航ではコクピット上部を覆っていて、透明なため直接パイロットに外の景色を見せていた風防ウィンドシールド天蓋キャノピーは、人型では装甲に覆われ隠れてしまう。


 だから人型になると風防と天蓋もモニター機能がオンになり、他の壁面のモニターともども機体のカメラからの映像を表示する全周囲モニターの一部となる。



「おお……!」



 アキラの体に、巡航形態の時はなかった感動が駆けめぐった。自分は今、アドニスの人型形態に──全高20メートルの人型ロボットの操縦席についている!


 すいおうまる──その進化後のすいてんまるは除いて──以外のロボットに乗るのも、全高5メートル弱より大きいロボットに乗るのも、ちゃんと操縦席についてでは、これが初めてだ!



「やっぱロボットは人型に限るね」


「ぷふっ、うっとりしちゃってもう。一般人に聞かれたら引かれるわよ? でもそれでこそ、わたしとせいさんの子ね。母さんたちも同感よ、人型こそ正義! その人型での飛びかたの教習、いってみましょう‼」


「うん‼」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る