第32話 幻覚
それから。
アキラと
来た時と同様、実質的なワープである時短モードで。
演出上は高度を上げてから本来なら出せないはずの超高速を出して一瞬で 〔始まりの町〕 上空に到達、本来の速さに戻ってゆっくり降下、町の横を流れる大河に着水、河港に接岸した。
そのころには日が沈みかけていた。
プレイヤー各人がリアルで夕食を済ませ、夜に再ログインして集合、ギルド1階の酒場で宴を開いた。
オイルランプの淡い光に照らされた薄暗い店内、周囲もご同業の傭兵の客たちで賑わう中、4人で丸テーブルを囲む。
「勝利を祝して、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
背が低いので脚の高い椅子の上に立ったオルが音頭を取り、4人は手にした木製ジョッキで乾杯した。それを終えるとオルも着席し、中身の
ゴッ ゴッ ゴッ
「カーッ!
「「……」」
アキラはオルの豪快な飲みっぷりに、自分の杯に口をつけるのも忘れて見入った。同様のレティがやや呆れた声で言った。
「本当に
「そりゃ、本当に
「「……はい?」」
この仮想現実でのアバターと現実世界でそれを動かすプレイヤーを繋ぐインターフェースは、頭にかぶるVRゴーグルと、両手に持つスティックと両足に履くペダルからなるウィズリム。
VRゴーグルはプレイヤーに、アバターの感じている光と音、つまり視覚と聴覚の情報を主に与える。それだけでなく触覚情報を伝える機能もあり、こちらはウィズリムにもある。
だが嗅覚・味覚の情報は伝えられない。
今の技術で五感の全ては再現できない。
だからこの仮想現実で飲物の入った杯をアバターの口につけて飲むモーションをさせたところで、プレイヤーが味を感じることなどない、はずなのだが……?
「VR感覚のこと知らねぇみてぇだな」
「ファントムセンスとも呼ぶでござる」
「「初耳です」」
「はえー話が幻覚よ。普通、五感ってのは目や耳などの感覚器官で受けとった刺激を脳で感じてるもんだが、いいかげんなトコもあってな」
「「?」」
「脳が 〔こうだ〕 と思いこむと、外界からは受けていないはずの五感情報を勝手に補完しちまうんだ。これはVRに限った話じゃねぇが、VRやってる時は特に起こりやすい」
「今のような触覚フィードバック機能などなかったVRの黎明期から、アバターをさわられると本当にさわられた感じがするといった例はよく報告されていたのでござるよ」
「じゃあ……ビールを飲む状況をVRで 〔ある程度〕 再現したから、実は味までは再現してないのにオルさんの脳はビールを飲んだと勘違いして、その味を感じてるってコトですか?」
「さすが嬢ちゃん。飲みこみが早ぇ」
「目隠しした被験者の肌に 〔冷たい金属〕 を押しつけたら、被験者の脳はそれを 〔赤熱した金属〕 と勘違いしたため、ふれられた箇所が火傷したという実験結果もあるでござる」
「ええ⁉」
レティが椅子ごと後ろずさった。
両腕で自身を抱いて震えている。
「それじゃアバターが攻撃されたら自分まで痛いじゃないですか! アタシ、痛いの絶対無理なんですけど⁉」
「落ちつけ。これまでそんなことあったか?」
「え……ない、ですね」
「VR感覚の発現には個人差があるゆえ。レティ殿はあまり感じないタチなのでござろう。これまで大丈夫だったなら、これからも大丈夫でござるよ」
「オレも酒の味はするが痛みは感じねぇ。魔龍に噛み殺された時だってなんも感じなかった。感じてたらこんなゲームやってらんねぇよ」
「……はぁ! もう、おどかさないでください!」
¶
アキラが自分の杯のミルクを飲んでみると、本当にミルクの味がして 〔これがVR感覚……!〕 と興奮した。
一方、同じくミルクを飲んだレティは 〔なんの味もしなーい〕 とのことだった。本当に個人差が大きいらしい。
そこで、アキラは話題を変えた。
「オルさん、残念でしたね。ドワーフさんたちのためにがんばったのに、あの人たちが救われるところ、生きたまま見届けられなくて。村長、オルさんにもお礼を言ってくれましたよ」
「そいつはありがてぇ。なに、こういうこともあらぁ。それに 〔同胞のため戦って散った〕 てのも美しいじゃねぇか。ま、本当はこうして生きてっから言えることだがな! ガハハハハ‼」
「……酔ってます?」
「おう! これもVR感覚! 本当には飲んでねぇからアルコール中毒の心配もない! ゲーム的効果のない飲物は無料だから、タダ酒飲み放題! VRさまさまだぜ‼」
「酒クズめ、おふたりの目の毒だ」
「ヘッ! 気取りやがって剣術バカが。テメーこそ嬢ちゃんに腕を見せるとイキがっておきながら自分よりデカイ奴は斬れねぇ醜態さらしたじゃねぇか」
「ぐあーっ!」
「魔龍にトドメ刺したのはアルさんですよ?」
アキラは一応フォローした。
オルがフン、と鼻を鳴らす。
「腹側なら斬れるって自分で気づいたワケじゃねーだろ……ただ、そこに関しちゃオレも事前に気づくべきだった。ドラゴンも腹側は鱗がなくて柔らかいなんざ珍しい話でもねーってのに」
「うむ。それがゲームで再現されているかは作品によるため、失念しておった。熟練者をうたっておきながら、我ら両名とも不覚でござった」
「いいじゃないですか。気づかなかった人が悪かったんじゃなくて、気づいたレティがお手柄ってことで」
「それはそうだな」
「で、ござるな!」
「アタシ⁉」
話を振られたレティがビクッとする。
「今日のレティの洞察力、本当にすごかった。森で 〔これからその長所を磨く〕 って言ってたの、ボス戦でさっそく発揮したね」
「アキラこそ! 作戦考えるのすごかったわ‼」
「ありがとう」
互いに自信が持てなくて、相手をうらやんだりもしたけれど。自分のできることで互いの足りないところを補いあう、レティとはそういう相棒になれると、今のアキラには思えた。
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