第170話 大将⑤

 ブチッ



「誰の! 想いが‼ 〔その程度〕 ですってぇーッ⁉」



 ダァン! ──ゴォッ‼



 ブチ切れてもなお残った一片の冷静さで、あみひこは女声と女性Xtuberクロスチューバー・セイネとしての口調は保てたが、体は勝手に動いていた。


 自機ドラグネットに浮遊島の崖を蹴らせ、スラスターを全開にし、ミーシャ機トロウルへと突撃!


 そう、全開﹅﹅で。


 攻撃の瞬間に 〔直前急加速〕 を使うなら、敵へ到達するまではスラスター出力を抑えて追加で加速できる余力を残しておかなければならない。


 初めから最大出力で突っこめば敵への到達時間は短縮されるが 〔直前急加速〕 は使わないと敵に教えることになり、攻撃が単調で読まれやすくなる。


 これまで 〔直前急加速〕 による攻撃をことごとく見切ってきたミーシャは当然このことも見抜いているだろう──それでも!



「はッ‼」

『なッ⁉』


 ガィィィィン‼



 ミーシャ機は薙刀でドラグネットの銛を受けとめ、衝撃で乗っている空中騎乗物の魔法陣ごと吹っ飛んだ。それは、この試合で初めてのことだった。


 今までの攻防では双方が攻撃と防御を兼ねた一撃をくりだし、その武器同士が激突していた。だが今回は、ドラグネットの攻撃をミーシャ機はただ防御した。



『覚醒しましたか!』



 ミーシャが攻撃をあきらめ防御に専念せざるをえないほど、ドラグネットの攻撃が鋭くなったからだ。


 その理由は。


 これまでセイネは攻撃の瞬間にドラグネットの腕を動かして。スラスター噴射で全身を突撃させつつ、腕は銛を突きだした構えで固定したまま、敵にぶつかるように攻撃していた。


 だが、今回は銛を引いた構えで突撃し、攻撃の瞬間に腕を伸ばして突いた。こうすることで、すでに全身は限界まで加速していても銛だけがさらに 〔直前急加速〕 することになった。


 全速力で突っこんだドラグネットの手もとがさらに加速したことで、ミーシャの対応力から余裕を奪い、防御に専念させた。


 この攻撃、これまでのセイネにはできなかった。


 全速力からの激突の直前では、余裕がないのは攻撃側のセイネも同じこと。その一瞬のあいだに精密な動作などできない。


 だがキレて神経が研ぎすまされたことで、その一瞬に銛を狙いどおりに突きだすことが可能になった。怒りによるパワーアップ、漫画のようなご都合展開はこうして実現した。



 ダァン! ──ゴォッ‼



 ミーシャ機の後方へとすりぬけたドラグネットが、その先にあった浮遊島を足場に反転し、再び全速力で突撃を敢行する。


 対するミーシャ機はまだ体勢を立てなおしたばかりで移動を再開しておらず、停止飛行ホバリングしながらこちらに向きなおるので精一杯の様子。そこへ再び、ドラグネットの直前急刺突‼



 ガィィィィン‼



 ミーシャ機はそれも薙刀で受けるが、やはり受ける以上のことはできずに吹っ飛ばされる。そしてまた体勢を立てなおしているところに、ドラグネットは新たな足場を蹴って突撃する!



 ガィィィィン‼



『セイネ選手の猛攻! ミーシャ選手は防戦一方ォーッ‼』



‼ み、ミーシャ様ーッ ‼

‼ うわぁっ、危ないッ ‼


‼ いいぞォーッ、セイネーッ ‼

‼ 勝ってください、会長ーッ ‼



『これが、あなたの想いの力……!』


「そうです! 空中格闘戦にかけるわたしの想いが、志を同じくする研究会のみんなの声を受けて、今! 熱く激しく燃えあがっているんですッッッッ‼」





 嘘だった。


 セイネが空中格闘研究会の会長として会員たちの想いを背負って闘っているというのは、ただの建前。本当は研究会と同好会を和解させるために闘っている。


 それに自分を慕う研究会の会員たちのことも、網彦はなんとも思っていなかった。あんな有象無象どもに応援されて熱くなるようなメンタルを持ちあわせてもいない。


 空中格闘戦にかける想い、というのも的外れだ。


 愛着はあるが、しょせん遊び、ムキになるほどのものではない。それを言うならこのゲームクロスロード・メカヴァース自体もそうだ。


 研究会と同好会の争いを嫌ったプレイヤーたちがゲームを去り、経営が悪化した運営会社がサービスを終わらせる──その事態を防ぐために両会を和解させる 〔計画〕 を立てた網彦だが、彼自身はサ終しても 〔少し残念〕 としか思わない。



 それが、アキラの将来に関わっていなければ。



 自分にとっては無数にある遊びの1つに過ぎないこのゲームも、アキラにとっては 〔ロボットのパイロットになる〕 という夢へと続く数少ない足がかりなのだ。重みが違う。


 失わせてはならない。


 網彦の 〔計画〕 は、全てアキラのためだった。こんなこと、アキラ当人にも他の誰にも伝えていない。対外的には、自分もこのゲームを続けたいからやっていると思わせている。



 だって、重すぎるから。



 知ればアキラは恩義に感じて 〔網彦には一生、頭が上がらない〕 などと考えるだろう。親友にそんな重荷を背負ってもらいたくないし、親友に恐縮されるなどまっぴらだ。


 それで本心を隠したまま網彦セイネは 〔計画〕 を進めてきて、その最後の仕上げとしてこの試合に臨んでいる。その原動力となる想いはアキラへの友情以外なにもない。


 そんなこと当然ミーシャも知らないわけだが、彼女の 〔その程度ですか──あなたの想いは‼〕 という言葉が網彦には、自分のアキラへの想いを軽んじられたようで癇に障った。


 キレたのは、そのせいだった。





「空中格闘戦へのわたしたちの想いは、絶対に負けません‼」


 ガィィィィン‼


『想いなら! わたくしだって負けるわけにはいきません‼』


(‼)



 網彦セイネのドラグネットが全速突撃からの直前急刺突による連続攻撃をくりだし、守勢に回って動きが鈍ってきたミーシャ機にトドメを刺そうと最後の一撃を放とうとした時。


 セイネはミーシャ機の動きが急に鋭くなったのを察知し、攻撃を辞めて銛で防御の構えを取った──そこにミーシャ機の薙刀が直撃、銛が叩き折られる!



『やった──』

「まだです‼」



 武器を失ったドラグネットは、これまでのように通りすぎず、ミーシャ機の乗っている空飛ぶ魔法陣の上に乗りこむ!



『しまっ──』



「ただの! パァーンチ‼」



 バキィィィッ‼


 ……


 ドボォォォン‼



 ドラグネットに顔を殴られたミーシャ機はぶっ飛ばされて魔法陣から転落──海中に落下し、海面への接触で失格となった。



『試合終了ォーッ! セイネ選手の勝利じゃーッ‼』

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