第171話 決着

(勝った……!)



 網彦セイネは気が抜けて、どっと疲労感に襲われた。勝つこと自体は目的ではないが、ずっと押されていたのに逆転勝利したことでトータルで接戦と言える内容にできたはず。


 手に汗握る試合で観客たちを熱くさせるという、〔計画〕 における真の目的も果たした。〔計画〕 は次の、対戦相手と語らい認めあう段階に移行する。


 これまでの(第2以外の)試合では認めあったら退場して次の試合を始めていたが、これは最後の試合でもう次はない。なので選手個人間の話で終わらず、互いの所属団体同士の和解まで話を持っていく──〔計画〕 の、最終段階。



‼ ワァァーッ ‼



 セイネがバトルフィールドから競技場に戻ってくると、この団体戦が始まってから一番の大歓声に出迎えられた──


 いや、中には悲鳴や罵倒も混ざっているかもしれないが、あまりに多くの声が混ざりあっていて判別できない。



 ビーッ!



『全試合が終了した! 空中格闘研究会3勝! 空中騎馬戦同好会2勝! よってこの団体戦、空中格闘研究会の勝利じゃ‼』



‼ ワァァァーッ ‼



 自分が勝ちチームの勝利も確定したことで、自分が率いる空中格闘研究会の会員や支持者たちは喜んでいるだろう。逆に負けた空中騎馬戦同好会側の者たちは悔しがっているだろう。 


 当然、勝ち負けとはそういうもの。


 だが、それだけでは終わらせない。


 このままでは研究会の者たちが優越感にひたり、同好会の者たちは劣等感にさいなまれ、空中格闘戦は空中騎馬戦より優れているという認識が定着しかねない。


 そうさせないための 〔計画〕。


 その仕上げをこれから行う。研究会会長の自分と同好会会長のミーシャが感動的な和解劇を演じることで、その空気をいがみあっている両会の会員たちに伝播させる。


 会長同士が勝手に和解したところで、それを会員たちが受けいれなければ意味がない。みなに共感されるよう熱っぽく、演技ヤラセだとバレないよう自然に──



(あれ?)



 試合場フィールドの中央でミーシャと話すため、東西に分かれている選手の立ち位置から歩きだしたセイネは、自分しか歩いていないことに気づいた。


 ミーシャのほうは立ち位置から動いていない。それどころか地面に膝をつき、うなだれている。打ちあわせた段取りと違う。



(また想定外イレギュラーか!)

「ミーシャさん⁉」



 内心では毒づきながら、いかにも心配しているふうな声を出し、網彦セイネはミーシャのもとへと駆けよった。そばまで来ると、すすり泣く声が聞こえてくる。



(ほ、本当に泣いてる⁉)


「やっぱり、勝てなかった! わたくしでは、セイネさんに……同好会の名誉を、守れな──みなさん、ごめんなさい……ッ!」


「ミーシャさん……」



 ミーシャもまたこの 〔計画〕 の実行メンバーなのだ。なら、これも演技で。段取りと違うのはアドリブということになる。


 それでも。


 そういう一面もあるとしても、その言葉には本音が含まれている。ミーシャは本当に泣いている。それが分からぬ網彦ではなかった。


 もっとも──



(嘘はわずかな真実を混ぜたほうがバレにくくなる。ナイスだ、ミーシャさん)



 ──などと。


 思う自分の腹黒さに苦笑しつつ、セイネは自分も膝をついて、ミーシャの肩に手を置いた。



「なにを言ってるんですか」



 ミーシャが顔を上げてこちらを見る。アバターなのでその顔は無表情で涙も出ていないが、声色から泣いているように見えた。



「セイネ、さん……?」


「あなたは、あなたたちは、名誉を守りましたよ。結果がどうあれ、あなたたちはその強さと敢闘精神を見せつけたじゃないですか。それは闘ったわたしたちが一番よく分かっていますし、観ていた人たちにだって分かったはずです」


「そう、でしょうか」


「ええ!」



 実際のところ 〔分からなかった者〕 もいるだろう。そういう連中の意見は封殺する。みんなが分かった、それが共通見解なのだという空気を作りだす。



「……ありがとう、ございます」



 そう言うとミーシャは立ちあがった。彼女がこちらの話に合わせてくれたのを感じて安堵しつつ、セイネも立ちあがる。



「セイネさん」


「はい」


「これまでのわたくしと、わたくしども空中騎馬戦同好会による、あなたと、あなたがた空中格闘研究会の皆さんへの無礼の数々、心よりお詫びいたします」



 ミーシャは深々と頭を下げた。



「どうか顔を上げてください……わたしも空中格闘研究会を代表し、再度お詫びします。我々の、あなたち空中騎馬戦同好会のかたたちへの非礼を」



 今度はセイネが頭を下げた。



「ありがとう、セイネさん……さ、お顔を上げてくださいまし」


「はい……ミーシャさん。わたしはここで改めてお話したいことがあります。同好会の皆さん、研究会の仲間たち──そして、これをご覧になっている全ての皆さんにも聞いてほしい!」



 2人が話す内に、観客席の声は小さくなっていた。


 セイネの発言を受け、残っていた声も減っていく。


 そして完全に静まると、ミーシャが答えた。



「はい。お聞きします」


「わたしたちの争いの始まりとなった、空中格闘戦と空中騎馬戦のどちらが優れているかという問題に、ここで結論を出したいと思います」



 ザワ……



 観客席スタンドが、かすかにざわめいた。


 だが大方は静かに傾聴している。



「前から主張していることですが、覚えやすさなら疑いの余地なく空中騎馬戦のほうが上です。空中格闘戦は習熟が難しく、実際わたしたちもマトモに闘えるようになるまで苦労しました」


「でも、そこを乗りこえてしまえば、あとは空中格闘戦のほうが上手く闘える。その点では空中格闘戦のほうが優れていると、この闘いで証明されたのですね」



 これは、ミーシャからのフリ﹅﹅だ。


 セイネは静かに首を横に振った。



「いいえ。それなら、わたしたちは楽に全勝しているはず。でも実際は2敗しましたし、3勝中2勝はギリギリの辛勝でした。とても空中格闘戦のほうが有利とは思えません」


「では……」


「空中格闘戦も空中騎馬戦も得意不得意があって、どちらが上ということはない。仲間たちの試合を見て、わたし自身もミーシャさんと闘って、そう実感しました。それで、いいのでは?」


「セイネさん……はい!」



 セイネの差しだした手をミーシャが取って握手すると、観客席スタンドから会場が揺れるような、大きな拍手と歓声が湧きおこった。

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