第172話 疑問

 空中格闘研究会と空中騎馬戦同好会による決闘は全5試合を終え、会場となった競技場では引きつづき閉会式が行われた。


 その場で研究会・会長セイネと同好会・会長ミーシャは連名で、多くの人を巻きこんだ騒動を起こしたことを謝罪し、両会が今後は友好的に交流していくことを宣言。観客席スタンドの人々は拍手と歓声でこれを祝福した。


 その後、その日の内に。


 研究会からはセイネ、アキラ、カイル、エメロード、アルアルフレートオルオルジフ。同好会からはミーシャ、クライム、サラサラリィ。両会を和解させる 〔計画〕 のメンバーたちが集まり、互いを労った。


 アバターのまま、クロスロード・メカヴァースのフィールドのどこかで会うと人目にふれる恐れがあるため、元々ミーシャ以外は参加していたグループDMにミーシャを新規に招いて。


 ひとしきり話したあと、解散。


 メンバーたちはログアウトし、それぞれの日常に帰った。


 決闘に備えた特訓のために2週間も小学校を休んでいたアキラことあま あきらとセイネことびき あみひこは翌日の月曜日から通学を再開。また、同じく特訓のために仕事を休んでいたカイルこと、アキラの父・あま せいも職場に復帰した。


 こうして、一連の騒動は幕を閉じた。


 ──と言うには、まだ時間がかかる。


 今回のことは、すぐに結果が出るような性質のものではない。


 大舞台を通して感動的に演出したとはいえ、研究会と同好会の会長同士による和解が、実際に争っていた両会の当事者たちにも浸透したのか。


 プレイヤーがその争いを嫌ってこのゲームを辞めていく流れを抑制できたのか。このゲームが過疎化によってサービス終了する危機は回避できたのか。


 よく観察する必要がある。



「そーゆーのはぼくに任せて、アキラは普通に遊んでなよ」



 網彦の言葉にアキラは従った。


 彼ばかり働かせるのは気が引けたが、ネットに強い彼には苦でもないという。ネットに弱いアキラはそもそも大勢の動向を監視するスキルなど持たず、役に立たない。


 適材適所だ。


 言われたとおり普通にクロスロードを遊ぶことにしたアキラだが、その 〔普通〕 は今までとは違っていた。同好会との決闘で副将として激闘を演じたアキラはすっかりゲーム内で指折りの有名人になっていたのだ。


 どこへ行っても他のプレイヤーから声をかけられるようになり、それを防ぐため容姿と名前を隠す灰色マントを常用する羽目になった。


 陰キャでコミュ障で、華々しさとは無縁と思っていた自分がこんなアイドルのような扱いを受ける日が来るとは。思いもよらぬことでアキラは反応に困ったが、悪い気はしなかった。


 遊び相手も増えた。


 これまでの面子で遊ぶ一方で、空中格闘研究会の活動で他の会員たちと稽古したりフィールドで冒険したり任務ミッションを受けたりするようになった。


 第1回集会ですでに注目を浴びており、決闘では大将の会長セイネに次ぐ副将として闘ったからか、研究会の中でアキラはナンバー2と目されるようになっていた。


 正式に副会長に就任したわけではないのに会員たちからはそう扱われ、頼られることが多くなった。これも初めての経験で、アキラは嬉しく思い、可能な範囲で応えることにした。


 研究会と同好会の交流も始まった。


 双方の会員が集まって、対戦したり共闘したり、空中格闘戦や空中騎馬戦の技術を深めるため、互いの立場から意見を出しあったり。議論が白熱することはあっても以前のような不毛な争いにはならず、雰囲気は良い。


 アキラは両会の和解が完全に成ったのだと感じた。ただ、それ自体は間違いではないが、全てが丸く収まったわけではないことも、あとで知った。


 セイネとミーシャによると、研究会でも同好会でも、和解という会長の決定を受けいれられず会を抜けた者が何人かいたとのことだ。中にはこのゲーム自体を辞めてしまった者も。


 ただ、それはあくまで少数。


 両会とも現在は、空中格闘戦と空中騎馬戦の優劣など論じず仲良くするべし、という意見が多数派になっている。


 ゲームを辞めた者はいても、全体ではプレイヤー数は増加傾向にある。あの決闘はこのゲームの外にまで配信されて人々の注目を集め、新規プレイヤーを加入させる良い宣伝となったから。


 サービス終了の危機は遠のいた。


 網彦セイネの 〔計画〕 は成功したのだ。


 その陰で、相手への敵対的な主張を捨てられなかった者たちが少数派となって肩身の狭い想いをしたり、このゲームから引退したりするところまで含めて。


 全員を納得させることはできないとセイネも初めから言っていたので、アキラもそれは分かっていたつもりだった。


 なのに事が終わったら急に、自分たちの 〔計画〕 で犠牲となった者たちへの同情や罪悪感が湧いてきた。


 自分勝手とは思うが──



「これで、良かったのかな。空中格闘戦と空中騎馬戦、どっちかが上だって言い争ってた人たちも、それがサービス終了に繋がるなんて思ってなくて。悪人ってわけでもなかったのに」



 そう、アキラは網彦に打ちあけた。


 学校の休み時間、2人きりの時に。



「良くはないけど、悪くもないよ。だって初めから正義のため、悪人を罰するためにやったんじゃないだろ?」


「うん。ボクはただサービス終了してほしくなかっただけで誰かをやっつけたかったわけなじゃない。なのに 〔やっつけられた〕 みたくなってる人がいるのが」


「争っていた人たちの多くが和解を受けいれたのに、その人たちは受けいれられなかった。それも別に悪じゃないけど、そんな個人の感じかたの違いまでフォローできないよ。フォローしてやんなきゃいけないと思うほうが、背負しょいこみすぎさ」


「そっか……そうだね」



 網彦の言葉に、アキラも気持ちの整理がついた。


 自分は将来の夢のために闘った。闘うと決めた時はそれが脅かされる、自分が踏みにじられることを恐れていたが。その闘いに勝つということは、逆に自分が敗者を踏みにじるということだ。


 受験にたとえれば分かりやすい。


 将来のかかったこの問題は、自分にとっては受験のようなものだった。そして受験は、受かる者がいる一方で、落ちる者も必ずいる。これはきっと、そういうことなのだろう。


 完全に納得したわけではないが、もう後悔はしない。この苦々しさも抱いて、これからも夢を追おう。アキラは、そう思った。



(次回作に続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソード&マシーナリー 天城リョウ @amagiryou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ