第126話 秘境

 空中格闘研究会の代表・セイネが、空中騎馬戦同好会の代表・ミーシャと密約を交わしたのが、日曜日の午前中のこと。


 それから数時間後の昼過ぎに、空中格闘研究会はクロスロード・メカヴァース内における会員同士のグループDMにて、今後の方針を話しあった。


 アキラもそれに参加したが。


 積極的には発言しなかった。


 ミーシャとの密約の内容、セイネが大多数の会員たちには秘密で進めている 〔計画〕 を知っているので、うっかり口を滑らさないか不安だったので黙っていたからだ。


 アキラはみんなが知らないことを知っているという優越感と、みんなを騙していることへの罪悪感で、落ちつかない気分で会議を見守った。一方、議長を務めるセイネは積極的に発言しながらも、ごく自然体に見えた。


 さすがだ。


 セイネはそこで 〔空中格闘戦と空中騎馬戦の優劣を論じるのは空中格闘研究会の活動目的にそぐわない〕、外部にもそう発表すると明言した。


 アキラはそのことに不満を持つ者も少なくない雰囲気を感じたが、絶大なカリスマを誇るリーダーであるセイネに面と向かって文句を言う者は現れなかった。


 そしてセイネは 〔空中騎馬戦同好会との決闘に勝ったとしても、それは空中格闘戦が空中騎馬戦より勝ることの証明にはならない〕 と断った上で、研究会の主旨どおり空中格闘戦を実践する1つの場として、同好会との決闘には応じる意志を表明。


 ただし。


 研究会は代表が会員に対して命令権を持つような強固な組織ではない。会員個々人の自発的な意志によって繋がっている緩やかな集団。同好会からの決闘の申し出を、受けるも受けないも各員の自由。


 やりたくない者には、やらない権利がある。


 そのため、同好会から新たに送られてきた決闘の仕様、5対5の団体戦に研究会から参加する選手は、まず立候補で募られた。


 その立候補者同士で決闘の前日に選抜試合を行い、上位4名から先鋒、次鋒、中堅、副将となる選手を決める……そして。


 あと1名、大将は代表のセイネが務める。


 それはセイネの実力が研究会の上位5名に入らなかったとしてもということで、勝利するための最善手とは言えないが、こればかりは仕方ない。


 同好会は 〔大将戦には代表ミーシャを出す〕 と言ってきている。研究会が大将を誰にしようと自由なのだが、ここで代表セイネを出さないのは体面が悪い。


 大切なのだ、そんなものも。


 話を聞いていたアキラは内心バカバカしいと思ったが。


 いくらセイネが 〔腕試し以上の意味はない〕 と言ったところで会員の多くはこの決闘を自尊心を守るための闘いだと思っている。カッコ悪い闘いかたをしては、その目的が果たされない。


 そのため多くの会員に望まれてセイネは大将を引きうけたし、実のところセイネとしても、そのほうが都合が良かった。


 〔計画〕 では──


 一進一退の闘いを通じて両会員に互いをリスペクトする気持ちを芽生えさせ、全ての試合が終わったあと両会の代表同士が和解する、その感動的なムードを伝播させることで他の会員同士にも和解を受けいれさせる──となっている。


 なら、〔計画〕 の首謀者であるセイネと共犯者であるミーシャが代表同士で和解する芝居﹅﹅は、2人が大将戦で最後の闘いを演じたあと、その流れでするのが最も自然だから。


 もちろん、大将以外も。


 〔計画〕 どおりに事を進めるには、研究会側の選手はなるべく 〔計画〕 のメンバーで固めたほうがいい。


 リスペクトモードを醸成するには各試合で選手が紳士的に振るまうことも大切だが、〔計画〕 を知らない他の会員は同好会への敵意を燃やしている者が多いので、そういう振るまいは期待できない。


 つまりセイネを除いた研究会側の 〔計画〕 メンバーであるアキラ、カイル、エメロード、アルフレート、オルジフの5名中4名が選手になることが理想的。


 だが。


 セイネの一存で選手を決められない以上、メンバーは実力で選抜を勝ちぬく必要がある。それでメンバーたちは秘密の特訓を開始することにした。


 他の研究会員よりも好条件の特訓を。


 それは同好会側の 〔計画〕 メンバーであるミーシャ、クライム、サラリィから秘密裏に協力を得ての、対空中騎馬戦選手に特化した戦法の練習だった。


 そのため、翌日の月曜日から。アキラは研究会側のメンバーの一員として、その特訓に参加するべく。クロスロードにログインしてすぐ、南米にあるギアナ高地に向かった。





〔ギアナ高地〕



 南アメリカ大陸の北部にある、上部が水平に切りとられたような台形の山──テーブルマウンテンが点在する一帯のこと。面積は約120万平方メートルで、日本の3倍以上。


 水と緑の豊かな秘境。


 これは現実世界の地球での話だが、このゲームの舞台である仮想の地球表面である地上世界アウターワールドでも、そのまま再現されている。


 この地こそ修行﹅﹅の場にふさわしいと、研究会側のメンバーを鍛える同好会側のコーチ役に就任したサラサラリィが主張したことで、特訓場所に決定した。


 そこまで行くのが、なかなか大変だった。


 アキラはカイルがまだ仕事から帰っていないのでエメロードと2人で、まず東京の羽田空港から公共の飛行機を乗りついでギアナ高地に近いプエルト・オルダス空港に降りたった。


 その空港内の傭兵ギルドを本拠ホームに設定。


 それから母が愛機である可変戦闘機ヴァリアブルクラフトアドニスを召喚。飛行機型の巡航形態を取ったアドニスの前部座席で母が操縦、アキラは後部座席に同乗して、ギアナ高地の指定された座標まで飛んでいった。


 その間、アキラも母もずっと灰色のフード付マントで全身を隠していた。アバターの容姿のみならず頭上に表示される名前アイコンの表記すら伏せる機能のある、セイネが愛用している例のお忍用マントである。


 先に到着していた他のメンバーも。


 全員、同じマントを着用している。


 同好会のメンバーと共同で特訓していることが他のプレイヤーに知られたら 〔計画〕 はおしまいなため、セイネの提案により、特訓のあいだは全員ずっとこのマントをつけると決めた。


 そしてこの場所までは各員、別々のルートでやってきて、東京のような人の多い場所で他のプレイヤーに目撃された複数の 〔灰色マントのPCプレイヤーキャラクター〕 が同じ場所に集まっているとは思われないようにしている。


 そこまで念を入れて。


 秘密の特訓が始まった。

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