第158話 副将①

‼ ワーッ ‼



 試合場フィールドに出たとたん降ってきた歓声が、アキラをいちだんと強張らせた。先ほどまでいた通路と今いる場所は地続きの空間なのだが、異質な 〔場〕 に入りこんだ気がする。



「ホラ、あの子よ!」



 そんな声が背後・上方から聞こえた。試合場フィールドを囲む壁の上端から向こうに広がるすり鉢状の観客席スタンド、その中でアキラが出てきた門のすぐ上あたりにいる観客の声。その辺りならアキラの現在位置から近いので、話し声が歓声に掻き消されず届いたらしい。



「あの子って?」


「ほら、集会で回転斬りを発表した」


「ああ、あの時の!」



 会話の内容から、話者は空中格闘研究会の会員で、2週間前の第1回集会に参加したメンバーたちのようだ。アキラから見て、同じ会の仲間ではあるが面識はない、という距離感。


 あの集会でアキラが発表者の1人として技を披露したのをきっかけに、こちらを覚えてくれていたらしい。


 自分が自分の知らない人に認知されている。初めての経験に、アキラは背中がむずがゆくなった。



「……」



 つい、後ろを振りかえる。壁の上の観客たちを見ても誰が今の会話の主なのか分からなかったが、多分あの辺りという方向に軽く会釈する。すると──



「キャーッ! こっち見た‼」


「アキラくーん‼」


〝がんばれよーッ、アキラーッ‼〟


〝勝ってくれーッ‼〟


(⁉)



 先ほどの会話の主だけではない。もっと遠くからの声も聞きとれた。ここに来てアキラはようやく、今までただの環境音だと思っていた歓声の半分は自分への応援なのだと気づいた。


 両選手への応援。観客席スタンドから聞こえる声といったらそれくらい。当たり前のことなのに、アキラは今の今まで自分が見知らぬ他人から応援されると思っていなかった。


 そうした華々しさは自分には無縁と思っていたから。


 大勢の人に認められたい。そう願い、そのために努力する人なら、人々の声を素直に喜んで力が湧いてくるシーンなのだろう。


 だが、アキラは違った。


 人見知りが生まれつきかは分からない。ただ、まきと一緒に夢を追うと決めた時から彼女以外との交流には消極的になったのは事実で、気づいた時にはもう、人前に出るのを楽しいと思わないばかりか、逆に苦痛と感じるようになっていた。


 だから今、とてもつらい。


 応援されてもプレッシャーしか感じないし、せっかくの応援を迷惑に感じてしまう申しわけなさで二重につらい。


 ここに来る前から、自分が負けたらチームの負けが決まるということで限界を超えていっぱいいっぱいだったというのに、加えてこれとは。アキラは気が遠くなりそうだった。



『両者、搭乗‼』


 ビクッ!



 いや、実際に気が遠くなっていた。司会のオトヒメの声を聞いて我に返り、アキラは慌てて剣の柄に手をかけた。そうしている内に、対戦相手のほうが先に自機召喚の合言葉を唱える。



緊急発進スクランブル‼」



 こちらとは試合場フィールドの反対側にいて向かいあっている対戦相手。迷彩服を着た黒髪ロングの女性兵士のアバター、空中騎馬戦同好会の副将にして、こちらと同じく密かにセイネの 〔計画〕 のメンバーでもあるサラサラリィが唱えた、お馴染みの呪文。


 実際は 〔呼べば来る機能〕 を持たないメカをこのゲーム内で召喚するための合言葉で呼ばれた彼女の愛機は、演出としてこの競技場のドームを突き破って降りてくるのだろう。


 それを眺めている暇はない。アキラも背中の鞘から 〔しんけんすいてんまる〕 を抜き、自身の愛機を召喚するための合言葉を叫ぶ。



すいてんまるーッ‼」



 白いきぬはかまをまとい、胸もとに青い勾玉を輝かせ、神剣を手にした短髪の少年──髪と瞳の色が黒ではなく緑なこと以外は、ロボットアニメ 〔機神英雄伝アタル〕 の主人公アタルにそっくりなアキラが、アタルと同じように神剣を掲げて機神を呼ぶ。


 ドームの手前に黒雲が現れ、それを神剣が姿を変えた青い光の矢が貫き、開いた大穴の向こうから青く輝く巨大な翡翠カワセミが現れる。



『ピィィィィッ‼』



 舞いおりた巨鳥が姿を変える。全高約5メートルで3頭身、青と白のカラーリングの人型ロボット──アタルの後期主人公機 〔しんすいてんまる〕 となって、アキラの眼前に着地した。



『ピィッ!』



 アキラの体が光に包まれ、翠天丸の頭部に現れた異次元への 〔ゲート〕 に吸いこまれる。そして広大な宇宙のように見える翠天丸の機内亜空間コクピットに出現したアキラは、そこに浮かぶ玉座のような操縦席に座り、左右の操縦桿を握って左右のペダルに足をかけた。



『両者、用意はよろしいか⁉』


「はい!」


『オッケー!』



 サラのほうも搭乗を済ませていた。


 翠天丸の機内亜空間コクピットに浮かぶ丸い大鏡に映る機外の景色の中、こちらと同じ全高約5メートルのSVスレイヴィークル・アヴァントが、空中騎乗物の飛行円盤フライングディスクの上に立っている。


 アヴァントと飛行円盤フライングディスクの組みあわせは前試合のクライム機と同じだが、そちらがくすんだ緑色オリーブドラブで棒を武器としていたたのに対し、サラ機は藍色に塗られており手にはSVサイズの日本刀を持っている。



『それでは副将戦! ──開始じゃ‼』


 ジャーン‼



 オトヒメがを鳴らすと当時に、大鏡に映る景色が切りかわった。対戦相手ともども元の場所から、試合中の専用空間に転移された。これまで毎試合、違ったフィールドが選ばれてきたが、今度は──



『ワォ! キレイな夜景♪』



 サラの言うとおり、辺りには 〔夜景〕 という表現がピッタリな、林立する高層ビルの窓や電飾がきらめく、どこかの街の夜の風景が広がっていた。


 翠天丸も、飛行円盤フライングディスクに乗ったサラ機アヴァントも、そのビルの谷間に浮かんでいる。


 そして、アキラはこの景色に見覚えがある気がした。周りを良く観察してみると、ビルのひとつひとつが異様に高い。



「ここは、東京……?」


『そのとーり! このクロスロード・メカヴァースの舞台の一部、地上世界アウターワールドに再現された日本にある、未来の東京じゃ‼』



 オトヒメが教えてくれる。


 やはり、思ったとおりだ。


 以前、父が説明してくれた。この町ではナノマテリアルという軽量な素材を使って建物を従来より巨大に造る技術が使われたと仮定して、実際の東京より建物が10倍の高さになっていると。



『ロマンチック~♪』


「は、はぁ……」



 サラは上機嫌のようだったが、プレッシャーで胃が痛いアキラには戦場のチョイスについて感想をいだく余裕はなかった。

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