第159話 副将②

『それじゃあ、夜のデートと洒落こみますかっ!』


「‼」



 戦闘をデートと称するサラサラリィらしい独特の感性に感想をいだく暇はなかった。サラ機アヴァントを乗せた飛行円盤フライングディスクが動きだして向かってきたので、アキラは反射的にすいてんまるを上昇させた。


 サラ機は突撃が空振りに終わって、眼下を通りすぎていく。



『こぉらッ、逃げるな!』


「地形の確認が先です!」



 先の中堅戦では戦場にあった梯子や橋などが障害物となる一方、自力飛行する空中格闘研究会側の選手には便利な足場ともなった。


 この戦場では超々高層ビル群がその役割を果たす。それらにうっかり激突したりせず、逆に上手く活用するには、配置を頭に入れなければならない──というのも、嘘ではない。


 が、正直それは言いわけだった。


 本当はサラの言うとおり、逃げたのだ。プレッシャーに押しつぶされて集中力を欠いている今の自分では、サラ機の間合いに入ったら瞬殺されてしまう。だから、ひとまず距離を取った。


 次鋒戦の時のように一瞬で勝負がついてしまうのはマズイ。接戦を見せることで観客を熱くさせることが 〔計画〕 には必要だから。


 次鋒戦の時はまだ2試合目だったので挽回可能だったが、この副将戦は4試合目。残すは5試合目の大将戦のみ。盛りあがるべき終盤の中、呆気ない展開は観客を白けさせる。ただ──



〝そうだ、逃げるなーッ‼〟



 サラだけでなく観客までそう言ってくる。消極的な姿勢を見せれば彼らの反感を買うのは中堅戦の時と同じだ。やはりこれも 〔計画〕 の上では好ましくない。


 〔地形の確認〕 という言いわけが観客たちにどれくらい通じているか分からないが、過度に時間をかければ 〔やはり逃げるための口実だった〕 と思われて反感はますます高まるだろう。



 バッ!



 ビルの谷間から抜けでたところでアキラは翠天丸の上昇をとめ、その場に停止飛行ホバリングさせながら首を巡らせて周囲を一望した。


 ビルたちの高さはまちまちだが、今ではほとんどその屋上が眼下に見えている。水平方向に側面が見えている、飛びぬけて高いビルは少ししかない。



『おっまたせーッ☆』



 サラも谷底から上がってきた。声のしたほうへとアキラが機体を振りむかせると、やや離れた所でサラ機が飛行円盤フライングディスク停止飛行ホバリングさせている。



(待ってません……!)



 アキラは内心、毒づいた。見渡せたのは一瞬で地形はほとんど覚えられていないし、プレッシャーに潰された心の立てなおしにいたっては、まるで目途が立っていない。


 このまま闘えば瞬殺される。


 どうするどうするどう──



『逃げたんじゃなくて、場所を変えてくれたんだね』


(えっ……?)


『ありがとう~。ここなら思いっきり動ける!』


(……あッ‼)



 〔この場所なら思いきり動ける〕 ということは 〔前の場所では思いきり動けなかった〕 ということ。それは、ビルの谷間が他力飛行しているサラには不利な地形だったことを意味する。


 ビルの谷間とは、つまり両脇をビルに囲まれた道路の上空で、それらのビルより高度が低い範囲を指す。


 そこでは移動が極めて制限される。


 特に水平方向。地上の道路に沿って飛ぶ分には問題ないが、道路を横断する方向に飛べば、すぐに側面のビルの壁に遮られてしまう。


 だが、そうなっても自力飛行している翠天丸は壁に着地してしまえば激突を防げる。そこからさらに壁を蹴って加速もできる。


 対して、サラ機のように他力飛行していると足裏が空中騎乗物にくっついているので、足は使えない。壁に激突しないためには横断方向への移動を最小限に留めるしかない。



(なんてこった……!)



 あのまま谷間にいれば、アキラは中堅戦でオルオルジフがしたように周囲の障害物を足場にしての高機動戦法を仕掛けることができた。


 しかもサラのほうは道路に沿った方向にしか直線的な飛行ができず、空中戦で最も威力を発揮する突撃が極めて単調になる。


 アキラはせっかくスタート地点が閉所という圧倒的に自分に有利な地形だったにもかかわらず、むざむざ自分からその利を失う開けた空間へと対戦相手を連れてきてしまった。


 目の前が真っ暗になった。


 一方、サラは嬉しそうだ。



『だから、安心して。あたし、ちゃんと全力で闘うから‼』


「‼」



 雷に打たれたような衝撃だった。違った。サラは単に不利な地形から抜けだせたことを喜んでいるわけではなかった。


 昨日サラと2人で特訓した時、アキラは 〔計画〕 の成否に自分の将来がかかっていることを打ちあけた。


 するとサラが気兼ねして全力で闘えなくなると言いだしたので、アキラは彼女の迷いが晴れるようにと言葉を尽くした。あれこれと、カッコつけた恥ずかしいことを言った。



⦅明日の試合、ボクが勝たせてもらいます!⦆



 そして、互いに勝つ気で全力で闘おうと約束したのだ。サラはそのことしか考えていない。今も、アキラが谷間から出たのはサラが実力を発揮できるよう気遣ったからだと勘違いして感謝してくれている。



(それなのに、ボクは!)



 この試合で負けたらチームの負けが決まるとか、仲間の観客たちからの期待とかに気を取られて、彼女との約束を忘れてしまっていた。



 バキィッ‼


『えっ、なんの音⁉』


「いえ、ちょっと気合いを」



 恥ずかしくて、情けなくて、気づけば自分の顔を全力で殴っていた。VRゴーグルに当たらないよう頬を狙って。かなり痛いが、お陰で気分がスッキリした。霧が晴れたようだ。


 今、大事なのはサラとの約束。


 他のことなど、どうでもいい。


 仮にそれで 〔計画〕 が失敗してこのゲームクロスロード・メカヴァースがサービス終了することになったとして、それがなんだというのだ。


 確かにロボットのパイロットになるという夢への道のりは、より困難になるだろう。だが、それであきらめる自分ではない。後れた分は取りかえせばいい。


 そう思えば、いっそ清々しかった。恐れて怯えていたのがバカみたいだ。体が熱い。これで闘いに集中できると喜んでいる!



『気合いって。ちょ、大丈夫?』


「大丈夫です。ボクも全力で闘います』


『少年……』


「そして、ボクが勝ちます‼」


『! ……い~や、勝つのはあたしだッ‼』



 ギュンッ‼



 飛行円盤フライングディスクの上に立って刀を構えたサラ機が、こちらに向かって飛びだした。アキラも翠天丸に剣を構えさせ、サラ機へ真っ向から立ちむかうよう発進させた。

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