第160話 副将③

 ガキィィィンッ‼



 アキラの駆るしん翠天丸すいてんまるの剣と、サラサラリィの駆るSVスレイヴィークル・アヴァントの刀とが、火花を散らした。


 互いに両手で握った武器を交差させ、翠天丸とサラ機は空中で鍔ぜりあいの形となる。


 それはロボットアニメではよく見る光景だが、このゲームクロスロード・メカヴァースでは珍しかった。


 ロボット同士の鍔ぜりあいが、ではない。


 空中戦における鍔ぜりあいが、稀なのだ。


 足場のない空中では機体は力を受けると簡単に移動する。互いに振るった武器同士が接触すれば、その反動で武器を振るった機体同士は流れて離れる。


 そうならずに両機がくっついているのは、互いにかかる力が同じ軸線上で重なっているから──互いを目指して突撃しあった両機が、わずかなズレもなく正面衝突したから。


 アキラにも初めての経験だった。


 この状況になるには両者が最後まで直進しないといけないが、アキラはこの2週間の特訓のあいだ一度もそうしなかったから。


 空中格闘戦の基本技 〔直前急加速〕──あえて余力を残した速度で突撃し、敵に接触する直前に急加速をかけて意表を突く。これには急加速時に針路をどこに向けるかで無数の選択肢がある。


 大抵は上下左右360度のどこかへ曲がる。


 だが 〔そのまま針路を変えず加速だけする〕 という選択肢もある。直前急加速を使いながら最後まで直進するなら、これしかない。


 アキラは今回、これを使った。


 特訓のあいだは使わなかった。


 針路を変えるほうより動きが単純で、どうせ通用しないと思ったからだ。それは妥当な判断のつもりだったが、カウンターを恐れるあまり萎縮していたとも言えた。


 そしてこの試合でもプレッシャーで萎縮していたのがとけた時、アキラは自然と 〔これでいこう〕 という気になった。


 無謀ではない。


 特訓中に対戦したメンバーの1人であるサラにはすでにほとんどの手の内を見せてしまっているが、針路そのまま直前急加速だけは見せていない。これが唯一、意表を突ける可能性を持った戦法でもあったのだ。


 アキラはそれに賭けて迷わず直進した。するとサラ機のほうも直進してきた結果が、鍔ぜりあい。両機の姿勢は動かない。


 だが両機の位置﹅﹅は動いていた。



「やぁーッ‼」


『くぅ~ッ‼』



 翠天丸が、サラ機を押していた。


 アキラの剣の技量はサラの足もとにも及ばないが今それは関係ない。この状況で問われるのは機体の推進力のみ。


 翠天丸のように自力飛行可能な機体は全てのスラスターの推進力を前進へと割りふることができるが、サラ機のように空中騎乗物に乗って他力飛行している機体はそうできない。


 安定して滞空するため常に推進力の一部を下向きに割いている空中騎乗物は、自力飛行可能な機体より前進する力に劣る。


 その差が出た。



『おお! アキラ選手、サラリィ選手を押しているーッ‼』


‼ オォーッ ‼



 オトヒメの実況も観客たちの声もアキラの耳には届いていなかった。全身全霊、眼前のサラを倒すことだけに集中している。


 針路そのままを選んだ結果、自機に有利な力比べに持ちこめたのは幸運だった。この機を逃してはいけない。サラ機の後方にビルの壁が見える。あそこまで運んで叩きつける!



「このまま‼」


『させない‼』


 ガッ──ブンッ‼


「うわぁッ⁉」



 翠天丸が、投げとばされた。サラ機は刀を翠天丸の剣と合わせたまま、その角度を変えて切先付近を翠天丸の首筋に押し当て、そのまま刀を振りきることで翠天丸を投げたのだ。


 これはサラが習っているという古流剣術の技だろうか。やはり力押しが通じる相手ではなかった。生身なら首が飛んでいる、翠天丸が装甲の硬い機械だから投げられるだけで済んだが、まだ助かったとは言いがたい。



「くっ……!」



 投げ飛ばされた翠天丸が向かう先には、アキラがサラ機を叩きつけようと企んでいたビルの壁があった。アキラはなんとか機体に向きを変えさせ、その両足で壁に着地させた。



 ダンッ──バッ‼



 そして間髪入れず壁を蹴り、同時にスラスターも噴かせてサラ機へと突撃──相手の位置が思ったより高い。いや、こちらが低いのだ。投げ飛ばされているあいだに高度が下がったか。


 むしろ好都合。


 他力飛行しているユニットの最大の弱点は他でもない、その飛行を支える空中騎乗物。この高度のまま飛べばサラ機自体には剣が届かないが、その足もとの飛行円盤フライングディスクは斬れる!



『おっと!』


 スカッ──バキィッ‼


「だぁッ⁉」



 翠天丸の剣は空振りした。斬る直前で飛行円盤フライングディスクがわずかに離れて回避したから。直後に円盤は今度は寄ってきて、翠天丸の肩に激突した。


 全高5メートルの翠天丸と、全高5メートルのサラ機とそれを乗せる円盤が一体となっているのとでは後者のほう圧倒的に重い。その差で翠天丸は吹っ飛ばされた。


 サラ機はこちらを投げて以降ほぼ停止飛行ホバリングだったし、こちらもビル壁を蹴ってから大した距離は加速していなかったので助かった。もっと加速が乗った状態でぶつかっていたら、それだけで翠天丸のHPが0になりかねなかった。



(でも……!)



 翠天丸は頭を下にして真っ逆さまに落ちていた。しかも、どこかのビルの屋上にでも落ちられれば良かったものの、運悪くビルの谷間に落ちてしまった。


 そして谷底に向かって落ちつづけている。


 このまま地上に墜落したら、その衝撃でHPが0になる──いや、たとえHPを残したままでも。この団体戦は空中戦を行うもののため、バトルフィールドの最低面にふれたら失格となる。



「冗談‼」


 バッ‼



 アキラは翠天丸に脚を振らせることで機体を回転させ、頭を上に戻した。そして足裏スラスターを下方へ噴射、落下スピードを相殺するが──



「とまらない⁉」



 これまでの自由落下で加速がつきすぎていたらしい。下方へのスラスター噴射だけで落下をとめるには時間がかかる。それが地面につく前に完了する保証はない。



「ならッ!」


 ボゥッ‼



 アキラは翠天丸の足裏スラスターによる落下静動は続けたまま、背部スラスターも噴かせることで機体を前進させた。そして落ちながらも手近なビルへと接近し、その壁に剣を突きたてる!



 ズガッ‼



 壁に刺さった剣にぶらさがる形で翠天丸はとまった。アニメで崖から落ちた人間がよくやる手。現実には不可能と言われているが、ロボットの力でなら可能なようで助かった。

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