第43話 後悔

 シルバーウィークが明けてから1週間が過ぎた。


 レティスカーレットは一度もクロスロード・メカヴァースにログインしてこなかった。彼女は自身の 〔オンライン/オフライン〕 状況をフレンドに公開しているので、入ってくれば分かる。


 アキラは何度も彼女のアカウントにメールしてみたが、返事がない。そのメールを彼女はクロスロードにログインせずとも、ゲームハードのホーム画面で確認できるはずだが……


 他に連絡手段はない。


 レティとはクロスロードの中だけのつきあい。互いにリアルの情報はまったく教えていないばかりか、SNSのアカウントなどネット上での他の連絡先も知らない。


 念のため自分の知る限りのレティのフレンド全員、セイネとアルアルフレートオルオルジフにも聞いたが、3人も彼女との繋がりはクロスロード限定で、連絡がつかないとのことだった。


 アキラは日々、不安を募らせていた。


 レティの身に、なにかあったのかと。


 それとも自分がなにかしてしまって、嫌になってこのゲームを辞めてしまったのだろうか。最後に会ったSW前日も仲良く遊んだので考えにくいが、他人の胸中なんて分からない。


 上辺はなんともなく装っていただけで、本当はこちらに腹を立てていて、我慢できなくなって引退したのかもしれない。



「なら、そのほうがいいよ」



 セイネのプレイヤーであるリア友のびき あみひこに相談すると、このIQ150の天才は小学校の階段の屋上前でそんなことを言った。



「え?」


「ログインしていないのがレティさんの意思でないなら、なんらかの事情でログインしたくてもできない状態ってことになる」


「!」



 もちろん、それを考えなかったわけではない。だが言葉にされると重みがずしんと来た。胸が締めつけられるようで、息が苦しくなってくる。



(レティ……!)


「もちろん違う可能性もある」


「っ、おどかさないで」


「おどかしたいんじゃないよ。真相を知る手段がない以上、考えても仕方ないんだ。なら自分にとって都合のいい可能性を信じておかないと、心がもたないよ」


「都合……?」


「レティさんの身に大変なことが起こったのと、アキラを嫌って出ていったの、どっちがマシだと思う?」


「……嫌われた、ほう」


「だよね。ただ、レティさんがクロスロードを嫌になって辞めたとしても、原因がアキラとは限らないよ。他のプレイヤーとのトラブルかもしれないし、ゲームへの不満かもしれない」


「あ……そっか」



 自分に原因があるのではという恐怖から、そちらの可能性にまで頭が回っていなかった。それでも彼女の助けになれなかったという悔いは残るが、自分のせいと思うよりかは心が軽くなる。


 網彦が続けた。



「人間関係をリセットするの、ネットでは珍しくない。リアルだと学校や職場を辞めて引っこして、ってハードルが高いけど、ネットでは簡単にできるもんね。リアル情報を上げてない場合は」


「アカ消し?」


「それ。やられると、いきなり繋がり絶たれたほうは寂しいし心配だしで、しんどいけど。したほうは、もっとしんどかったから、そうしたんだ。逃げたいと思うような環境からは、逃げられるんなら逃げるのが、その人のためには一番いい」


「そっか……なら、見送ってあげないとね」


「うん。そうだね」



 網彦のおかげで、アキラはやっと気持ちの整理がついた気がした。ここ1週間、求めてさまよっていた答えが出た。


 きっと、もう二度と。


 レティとは会えない。


 そのことを受けいれる決心が、やっとついたから。帰宅後、アキラはクロスロードにログインして、最後にレティと遊んだあの丘の上の環状列石ストーンサークルへと1人で向かった。



『死ねェーッ‼』


 グギャーッ‼



 今度は初めからすいおうまるに乗って、そこに定期的に出現リポップする小鬼ゴブリンたちをさっさと皆殺しにし、すいおうまるから降りて、その肩の上に腰かけた。


 そして自分以外に誰もいなくなった環状列石の風景をぼんやり眺めながら、レティとの思い出を振りかえる。


 最後の日、ここで日が暮れるまで機神同士でチャンバラした。それ以前も 〔始まりの町〕 やその付近で、2人して道場に通ったりゴブリン退治したりチャンバラをしたり。そしていつも夕暮れ時に、名残惜しさを覚えながら別れた。


 郷愁を感じる。


 幼いころにも友達とそうして遅くまで外で遊んでいた記憶がくすぐられるような……だが、それは幻だ。アキラにそんな経験はない。


 小学校で網彦と友達になる前は唯一の友達だったこまきり まきは、アルビノ先天性白皮症のため肌が弱くて、日の下で遊べない体質だったから。


 なるべく蒔絵のそばにいたアキラも外で遊ぶ機会はほぼなかったし、蒔絵と約束した夢のためにロボットゲームや小型ロボットの操縦に専念していたので外で遊びたいとも思わなかった。


 だから不満なんてない。


 ただ、いつかテレビかなにかで見た 〔夕暮れまで友達と遊ぶ子供〕 というイメージが頭に焼きついていて、憧れていたのだろう。そんな心の隙間を、レティは埋めてくれた。



「ぐすっ、うぅっ……」



 気がついたら涙がこぼれていた。VRゴーグルに映る、いつのまにか夕暮れになっていた景色がにじんで、ぼやける。



「うぅっ、うわぁーッ‼」



 アキラは泣いた。


 あらん限りに声を張りあげて。


 防音マスクをしていてよかった。


 この胸の痛み。幼稚園の年長だった6歳のころ、バレンタインデーに蒔絵にプロポーズして、こっぴどく断られた時と同じだ。それはつまり、レティに向けた感情は蒔絵へのそれと……


 また、失恋したのか。


 レティと出会った時、フェイ姫そっくりなんてバカな理由で運命を感じた。でもそれ以上に話してみたら気が合った。


 蒔絵のことがあるから、レティはあくまで友達だと自分に言いきかせていたのに。一緒に過ごした時間が楽しくて、幸せで、結局……



「レティ! 大好き‼」



 その気持ちに蓋をしていたことを、アキラは後悔した。蒔絵を裏切れない以上、伝えたところで良い結果になんてなるはずないが。こんな、なにも言えないまま会えなくなるくらいなら。


 網彦に釘を刺されたように、レティのプレイヤーが本当に女の子か分からない、オッサンかもしれないけど、もうそんなことはどうでもよかった。


 もし、奇跡が起こって……


 再び会うことができたなら。


 その時は、伝えよう。



(たとえ君がオッサンでも、君の心が好きでしたって)

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