第84話 矢弾

「2人とも、拙者の後ろに!」



 そう言ってアルアルフレートがアキラの前に出ると、オルオルジフはアキラの後ろに回り、白兵組の3名は縦に並んで走ることになった。



 バッ!



 アルが羽織を脱いで横に払う。アキラはなにかと思ったが、その羽織に長い矢が刺さっているのに気づいてビクッとした。



 バッ!

 バッ!



 アルが羽織を振る度に、そこに刺さった矢の数が増える。


 身長120センチメートルのアキラからは180センチのアルの背中に隠れて前方の龍人兵らが見えなくなっているが、そこから飛んでくる矢を羽織で受けとめているのだと分かる。


 確かに弓から放たれる矢の速度は、銃から放たれる弾ほど速くなく、人間の動体視力で捉えられる領域なのだろう。だが、それとて決して容易なことではないはずだ。


 それをさらっとやってのけるアルはやはりすごいとアキラは思ったが、アルとつきあいの長いオルは不満そうだった。



「なんでぇ、刀は使わねぇのか」


「ちょっ、オルさん……!」



 広げた羽織は表面積が広く、そのどこかで矢を受ければいい。柔らかい盾のようなものだ。それに比べると、飛んでくる矢を刀で斬りおとす芸当のほうが難しい。


 そういうのも創作ではよく見る。


 オルはそれが見たかったらしい。



「このゲームの矢は斬ってもすぐには消えぬ。切れはしが飛んだ先で味方に刺さっては防いだことにならぬゆえ、こうして巻きとるのが正解なのでござるよ」


 バッ!

 バッ!



 アルが言いながらも振りつづけた羽織に矢が次々と追加されていく。そうすることで味方に飛んでいく事態を防いでいたのだとアキラは理解した。


 これも簡単にやっているようで、そうではない。もしアルがただ羽織を構えているだけなら、矢は羽織を貫通したあとアルの体に刺さっている。


 矢が飛んでくるタイミングに合わせて振っているからこそ、矢は羽織に刺さった直後に横からの力を受けて勢いを逸らされ、とまっているのだ。やはりアルの技量は凄まじい。



「なるほど! さすがアルさん!」


「そんくらい分かってらぁ! オレはオメーなら味方に当たんねーよう調整して斬れると思ったんだよ! ったく、とんだ期待外れだぜ!」


「後ろにおるのがお主1人ならば試してもよいが、そんなスタンドプレイでアキラ殿を危険にさらせるか、ほうめ」


「ぐぬ~っ!」


「ま、まぁまぁ、おふたりとも!」



 アルとオルの口論は気の置けない仲ゆえのじゃれあいだと分かっているが一応なだめつつ、アキラはチラッと左右の射撃組の様子をうかがった。



(お父さん⁉)



 左側はカイルエメロードの2人組。


 父の体に矢が刺さっていることにアキラはギョッとした。まだ生きているから急所は外れているのだろうが、視覚的なショックが大きい。


 痛みを超克して奮闘しているような壮絶な光景。実際はこのVRゲームコントローラー 〔ウィズリム〕 に痛覚再現機能がないので本人は本当に痛くないだけだろうが……


 苦戦している。


 2人とも足をとめて突撃銃アサルトライフルを龍人兵らへ散発的に放っている。父は前に立ち、母は身を低くして父の背中に隠れながら。


 自分が盾になると父が言ったのだろう。


 父にはアルのように飛んでくる矢をどうにかする技術はないので、体で受けるしかないのだ。あのままではいずれHPが尽きて死亡する。そうなれば次は母の番。


 それに、2人の射撃は龍人兵らの盾に防がれるばかりで効果を上げていないようだ。2人の戦いかたはぎこちなく見えた。


 両親はメカに乗っている時はかなり強いが、生身アバターでの戦闘は不得手なのだ。メカでの戦闘にしか興味がないからだと本人たちも語っていた。その気持ちはアキラもよく分かる。


 一方、右側では──



 パパパッ!

 パパパッ!



 クライムとサラサラリィが善戦しているようだった。こちらは足をとめず、ジグザクに進みながら時おり短機関銃サブマシンガンを3点射。その全てではないが一部が並んだ盾の隙間を抜けて龍人兵に命中している。



(2人とも、さすがだ!)



 ジグザグ走行は敵に狙いを絞らせないためだ。アルのように飛んでくる矢に反応はできなくても、ああすれば敵のほうが外してくれる。相手が銃弾でも通用する射撃武器の回避法。


 そして左右に動くということは敵からすると放置すれば盾で防げない角度に回りこまれるため、2人が動いたほうへ盾の向きを変える必要がある。


 しかし盾隊各員が立ち位置を変えずに盾の向きだけ変えては、それまでわずかだった盾同士の隙間が大きくなる──2人はそこに銃弾をねじこんでいた。


 なんという手並み。


 比較しては両親が可哀想になる、素晴らしい銃撃戦のスキル。しかし、そんな2人もSVスレイヴィークルで戦う時ほどではない。


 SVでは2人とも短機関銃サブマシンガンを片手で振りまわし、しかもそれを両手でこなす二丁流で戦っていたが、それは短機関銃サブマシンガンの反動をねじふせるメカの超人的パワーがあって初めて可能になること。


 非力な生身アバターの今、同じ芸当はできない。2人とも1丁の短機関銃サブマシンガンを両手で持って、腕は振らずに体の正面へと固定して撃っている。


 生身での戦いかたとしては正しい。


 だが、2人のメカでの圧倒的な戦いぶりが目に焼きついているアキラからは、どうしても見劣りした。今の2人は善戦はしていても楽勝ムードではない。たとえば、あの回避法──



「いったぁ⁉」


「サラくん⁉」


「──くはないケド、膝を射られたーッ! 右脚がHP全損して動かなくなっちゃった、もう立ちあがれないわ‼」


(サラさん!)



 アキラの嫌な予感が当たった。ジグザグに動いて敵に外させる回避法は、矢を捕まえているアルほど完璧ではない。運が悪ければ矢に当たる。



「くっ、待ってい──」


「来るな! 足手まといは捨てて戦え‼」


「了解だ‼」


「少しくらい悩みなさいよ⁉」


「注文が多いぞ‼」



 倒れて走れなくなってしまったサラを、クライムは父が母にしているように身を挺してかばおうとしたのだろう。


 それを当のサラが拒否した。戦術的に正しく冷徹な判断だ。現代兵士の格好をしているだけあって思考も兵士っぽい……なにやら、面倒くさいことも言っているようだが。


 左右とも射撃組の戦況が思わしくない。


 が、もう充分に役割は果たしてくれた。


 射撃組が龍人弓兵の3分の2を引きつけてくれているあいだに、アキラたち白兵隊はすぐそこまで龍人兵らの一群に迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る